第266話『ヒーロー、覚醒』
学校の校舎裏。
そこには空き缶やタバコの吸い殻、使い終わった避妊具なんかが散乱していた。
「あいつ、なに考えてるんだ!?」
俺は建物の陰から、不良たちと対峙するシテンノーの様子をうかがっていた。
緊迫した空気がここまで伝わってくる。
このたまり場のことは以前、女子たちが教えてくれた。
だが、それはあくまで「危ないから近づかないように」だ。
「まさか、そんな場所に突っ込んでいくなんて!?」
……言ってて、耳が痛くなった。
そういえば、俺もまったく同じことをしようとここに来たんだった。
不良たちはシテンノーを見て、ポカンと口を開けていた。
しかしすぐ「ギャハハハ!」と笑いだす。
《まさかあのガキじゃなくて、オマエのほうが釣れるとはなァ! ていうかオマエ、ひとりでなにしに来たんだァ? バカなのかァ?》
《……っ! お前ら、やっぱりイロハを狙って!?》
《この状況で人の心配とかずいぶんと余裕だなァ? まさかタダで帰れると思ってねェよな?》
不良たちが次々と腰を上げる。
シテンノーは怯み……しかし、己を鼓舞するかのようにむしろ一歩、前へと踏み出した。
《い、イロハから奪ったものを返せ!》
《奪ったァ? 言っただろォが、オレたちゃゴミを拾っただけだぜェ? オマエさァ、証拠もなしに人を疑って……わかってんだろうなァ?》
《お前らにとっては、どうでもいいものなのかもしれない! だけど、それはアイツにとっては大切なものなんだ! 宝物なんだ! だから、返してやってくれ!》
《話通じてますかァ~? やっぱ、ナードって頭オカシイわ。……いや》
ふと、不良はなにかを思いついたかのように笑みを浮かべた。
ガサゴソと荷物を漁って、なにかを取り出す。
ちょうどシテンノーの背中で見えづらいが、おそらくはぬいぐるみだ。
それを彼のほうへと差し出していた。
《ほらよ》
《……返してくれるのか?》
《なんだァ? いらねェのか?》
シテンノーがおそるおそると近づいていく。
と、不良がわざとらしい声を上げてパッと手を離した。
《おおっと、うっかり落っことしちまったァ》
ポンっと不良の足元でぬいぐるみが跳ねた。
転がった先は、不良集団のど真ん中。
《汚れちまったが、まァもとからゴミみてェなもんだし大差ねェよな? どうした、拾わねェのか?》
《……》
シテンノーは意を決したように、再び歩きはじめた。
不良たちへと近づいていき、眼前にまでたどり着く。
しゃがんで手を伸ばし……ぬいぐるみに触れた、その瞬間だった。
ドガッ! と鈍い音がした。
「がぁはっ!?」
不良のつま先がシテンノーの脇腹に突き刺さっていた。
腹部を抑え、地面でもんどりを打つ。
「……ぁ!? ぁがっ!? い、痛ぃいいい、はぁっ!?」
《オマエさァ、なに勝手に人のモン盗ろうとしてんだ、あァん!? 泥棒ヤローがよォ!》
《っ!? お、お前らが……、返すって……》
《よォく思い出せよォ。オレが一度でも同意したかァ? してねェよなァ? そもそも、これはもとからオレらのモンで、返すもなんもねェんだわ》
《卑怯、ものっ……!》
《あァん? えーっと、なんだっけ? これがオマエの大切なもの、なんだっけ?》
言いながら不良がぬいぐるみへと足を踏み下ろした。
そのままグリグリと踏みにじる。あっという間にぬいぐるみがドロドロに汚れていく。
《なっ!?》
《ギャハハハ! オレのモンをどうしようと、オレの勝手だからなァ!》
笑いながら、不良が足を上げる。
そして再び、ぬいぐるみへと足を踏み下ろそうとし……。
《あ?》
聞こえたのは、鈍い音だった。
シテンノーが覆いかぶさるようにして、ぬいぐるみを庇っていた。
《う、ぐっ……これ、は。イロハの……大切なもの、だから》
《なにオマエ? 身体張って、ぬいぐるみなんか必死に庇って。マジでキメェ~!》
不良が笑いながら、何度も繰り返し足を踏み下ろした。
ほかの不良たちも混ざって、シテンノーを蹴り飛ばす。
血の気が引いた。それはまさしくリンチだった。
イジメなんていう甘い言葉では済まない、殺人の一歩手前。
「も、もうやめてくれ。だれかやめさせてくれ……!」
気づくと俺はそう声を漏らしていた。
このままじゃ本当にシテンノーが死んでしまう。
シークレットサービスはいったいなにをしているのか。
それとも俺以外はどうなってもいい、ということなのか!?
「ふざけるな……!」
この光景を見ているのは俺ひとりだけじゃないはずだ。
気づいている生徒もいるはずなのに、だれひとりとして助けに入ろうとしない。
――ブチッ。
頭の中でなにかがキレたような音がした。
気づくと俺は飛び出していた。
《――お前らぁああああああっ!》
不良たちがこちらに視線を向け、暴行を中断する。
その無機質で悪意に満ちた無数の目は……おぞましく、恐ろしい。
シテンノーはこんなものにひとりで立ち向かっていたのか。
彼が「うぅっ」呻きながら、身体を起こしていた。
「イロ、ハ……? なんで、お前がここに。帰ったんじゃ?」
シテンノーの顔はアザだらけで、パンパンに腫れあがっていた。
俺はギッと歯を食いしばってから、怒鳴った。
「なにやってるの!? ひとりで不良にケンカ売って、バカなの!? 死にたいの!? 死んだらVTuberを推すことができなくなるんだよ!?」
「なっ!? バカはお前のほうだ! なんで出てきた!? ボクは大丈夫だから、早く逃げろ!」
「自慢じゃないけど、わたしの足じゃどうせ逃げきれない」
「本当にバカだろ、お前ぇ!?」
不良が「ギャハハハ」と笑いながら、歩み寄って来る。
俺はその場にまっすぐ立ち続けた。
《よォ、待ってたぜェ?》
不良がヤニ臭い息で話しかけてくる。
俺はキッと彼を睨み返した。
恐怖はあった。だが、それ以上の怒りが俺を突き動かしていた。
あぁ、クソっ……さっきから頭が熱くて熱くて仕方がない!
やけに風の音や、虫の声がうるさかった――。
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