第265話『ナードvs.バッドボーイズ』
俺はソーシャルゲームをプレイしていた手を止め、呆然とロッカーを見ていた。
休み時間、教科書を取りに来たらこのザマだった。
「え……、え? ……ぁあ?」
扉を開けようとした時点で違和感はあった。
すでにカギが開いていたのだ。
かけ忘れなどではないことは明白だった。
ロッカーの扉が一部歪み、強引にこじ開けたような擦り傷が残っていた。
「なん、で……、こんな」
もはや、もとの形すらわからない状態。
グチャグチャに引きちぎられ、さらにはペンキのようなものまでぶちまけられ……。
あまりの衝撃で頭がうまく働かない。
これが現実だとすら、まだ信じられなかった。
《――オマエさァ、ちょっとオレらのことナメすぎ》
すぐ後ろから声が聞こえた。
バッと振り返ると、そこにはニヤニヤと笑みを浮かべる不良たちが立っていた。
《……お前らが》
《なんのことだァ~? 冤罪吹っかけようってェのかァ? やめてくれよォ!》
《まったくだぜ! なんのことかサッパリだ! ギャハハハ!》
不良たちが声を上げて笑っていた。
さらに、彼らは俺のロッカーを覗き込んで言ってくる。
《あーあー、オマエの大切な”ぬいぐるみちゃん”たちがボロボロじゃねェかァ》
なぜ原型すら留めていないこれらを見て、一目でぬいぐるみだとわかる?
わかるとすれば、それは……いや、それがなくても犯人なんて最初からコイツらしかいなかった。
《つーか、さっきからこのあたりクセェんだよなァ~! これはなんの臭いだァ? ペンキかァ? いや、こいつァ……
《ほんとアジア人ってのは、どいつもこいつもナードクセェったらありゃしねぇぜ!》
不良たちの「ギャハハハ」という笑い声がこだまする。
俺はその場で肩を震わせていた。
《けどまァ、べつにいいじゃねェか。もとから
《……なん、て?》
《んん~? なァ、オマエら。オレ、なにか間違ったことでも言ったかァ?》
《さー、わっかんねーなー?》
《だよなア? まぁ、これに懲りたら今後の立ち振る舞いには気をつけるんだなァ?》
不良たちはそう言って、背を向けて立ち去る……間際。
「そうそう」とワザとらしく口を開いた。
《そういやァ、オレらもゴミを拾ったんだった。きちんと捨てに行かねェとよォ》
《っ……!》
チラリとなにか見せてくる。
一瞬でよくわからなかったが、おそらくはグッズの一部だった。
まだ無事なグッズがあった!?
見れば、たしかにロッカー内の残骸はやけに少ない気がした。
《っ……、このっ! 返せぇえええ!》
《ダメっ、イロハちゃん!》
突撃しようとした俺をだれかが背後から羽交い絞めにする。
頭が沸騰しそうなほどに熱かった。怒りが思考を支配する。
《離せー! ジャマするなぁー!》
《落ち着いて、イロハちゃん! アタシたちだよ!》
《今、追いかけたらヤツらの思うツボだから!》
「……イロハ、……っ」
その声でようやく、俺を引き留めていたのが女子たちだと気づく。
シテンノーも歯を食いしばった表情で、すぐそばに立っていた。
だが、俺の怒りは収まらなかった。
なおも不良たちを追いかけようとして暴れ……暴、れ……。
――パタパタ、パタパタ。
《あの~、イロハちゃん? 一応、聞くけど……今って抵抗してるんだよね?》
《うるさい!》
《けど、わかるでしょ? イロハちゃんはこんなにもか弱いんだよ? アイツらには勝てないって》
それでも俺は必死に手足を振り回したが、宙を掻くだけだ。
体格差がありすぎて、プラーンと全身が浮いてしまっていて……。
《ぜぇー、はぁー……ぜぇー、はぁー》
ちっとも抜け出せる気配がないまま、俺はすぐに体力を使い果たしてしまった。
すでに不良の背中は見えなくなっていた。
《……ううぅっ》
悔しさで涙が込み上げた。
女子が大人しくなった俺を恐る恐ると床へ降ろす。
俺はその場にペタンと崩れ落ちた。
また走り出すのでは? と警戒していたらしい女子たちも表情を心配へと変えた。
《イロハちゃん、その……》
女子がなにかを言おうとしたとき、周囲のザワザワという声が耳についた。
いつの間にか、人が集まってきていた。
《なにあれ、ヤバ~!》
《ほら、アイツだよ。いつもの》
《関わらないほうがいいって》
彼らの大勢がスマートフォンを取り出して、俺たちやロッカーを撮影している。
女子がキッと眉を吊り上げた。
《アンタら、見せものじゃないッ!》
《大丈夫だからね、イロハちゃん。とりあえず今日は迎えを頼んで帰りな? ロッカーは明日までに、アタシたちがきれいにしておいてあげるから》
《……ありがとう。そうするね》
コクリと頷き、フラフラと立ち上がった。
そのまま”目的地”へと向かってひとりで歩き出す。
「……ごめん」
ボソリと呟いた。
俺は女子たちにウソを吐いた。このまま帰るつもりなど微塵もなかった。
「あいつらを絶対に許せない!」
作戦があるわけじゃない。
それでも、燃え続ける怒りが俺を突き動かす。
だが結果的にはこれでよかったのかもしれない。
女子たちを巻き込まずに済んだから。
「必ず、後悔させてやる!」
このときの俺は、怒りに我を忘れており……。
だから、気にも留めなかった。
ちらりと視界の端に映った、走り去るだれかの後ろ姿なんて――。
* * *
そして、俺はヤツらのたまり場である校舎裏に辿りつき……。
「!?!?!?」と混乱に包まれていた。
《――い、いいいイロハから奪ったものを返せぇっ!》
響いた声は恐怖で震えていた。
そこには不良たちの集団に、ひとりで立ち向かうシテンノーの姿があった――。
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