第264話『逆鱗 -WRATH-』
スクールバスに不良が乗り込んでくる。
それもひとりではなく複数人。
《あ、アンタら……どういうつもりよ!?》
《どうもこうも、オレらだって学生だからよォ。スクールバスに乗ったってなーんにもおかしくねェだろ?》
《どの口がっ!》
《なんだ、文句でもあんのかァ? ご近所同士、仲良くやろうやァ。テメェだって夜道や自宅で……家族になにかあったらイヤだよなァ? そういうときに備えて、助け合わなくちゃよォ》
《……っ! あ、アンタ、なにを考えて》
《オイオイ、なにブルってんだァ? これじゃあまるでオレが脅したみてェじゃねェか!》
不良たちの「ギャハハハ」という笑い声が車内に響いていた。
いつも騒がしい車内が今日は静まり返っていた。
《ごめん、イロハちゃん。アタシたちのせいだ。アイツ、アタシたちと同じミドルスクールだったから。それでスクールバスが一緒だってバレちゃったんだと思う》
《ううん。みんなが悪いわけじゃないよ》
シートの背を影にしてそう言葉を交わしていると、グイッと不良が身体を乗り出してきた。
ヤニ臭い息が俺たちにかかる。
《なァにコソコソ話してんだァ? オレも混ぜてくれよォ?》
《ちょっと、なにするのよ!?》
《オマエ、席交代な。オレもそこのサルと仲良くなりたくってさァ。動物愛護? は大切だろ?》
《ふざけっ……痛っ!? キャっ!?》
強引に女子の腕を引っ掴み、通路部分へ放り投げる。
それから不良は、ドカッ! と、わざと音を立ててとなりに座ってきた。
《イロハちゃん!》
《おい、その子に手を出すな! ボクが……ぅぎゃっ!?》
《シテンノー!》
止めに入ろうとしたシテンノーが、不良のひとりに腹部を殴られ崩れ落ちる。
女子のひとりが慌てた様子で彼に駆け寄った。
《っ……》
それを見ていた運転手の苦々しい表情が、バックミラーに映っていた。
彼は口を開こうとして、しかしグッと堪えた。
それは正しい対応だろう。
もし運転手にまで危害が及べば……しかも、それが走行中だったら、いったいどんな惨事が引き起こされるかわかったもんじゃない。
《じゃァ、これからオレと仲良くしようやァ?》
《イロ、ハ……! ぐふっ!?》
不良が俺の肩に腕を回してくる。
それをやめさせようとしたのだろう、立ちあがったシテンノーがさらに暴行を受けていた。
《もうやめて!》
女子のひとりが覆い被さるようにして、シテンノーを守っていた。
そんな様子を見て、不良たちはギャハハハと笑う。
《みんな、わたしは大丈夫だから気にしないで》
《クソっ、大丈夫なワケないだろ!》
《イロハちゃん……》
《アタシたち……》
《ほら、コイツ自身がそう言ってんだ。さっさと座れよ。じゃなきゃァ、バスが発車できねェだろ》
エンジン音を鳴らし、スクールバスが動き出す。
不良がグイッと、肩に回していた腕で俺を引き寄せた。
《これからオレたちゃァ友だちだ。そうだろ? 仲良くしようじゃねェか》
不良がそう俺の耳元でささやく。
彼は心底、意地の悪い笑みを浮かべていた――。
* * *
車内でも校内でも不良に絡まれるようになった俺は、周囲から遠巻きにされるようになっていた。
まぁ、当然だろう。だれだって危険人物を敵には回したくない。
《イロハちゃん……ごめんね、ごめんね! アタシたちなにもしてあげられなくて!》
授業中、不良たちがいない間に女子がそう涙を流しながら、俺を抱きしめていた。
シテンノーも悔しさにだろう、涙をにじませながらつぶやいている。
《なんで、こんなにもボクは弱いんだ。なんで……》
俺は不良に絡まれるようになってからも、バス通学を続けていた。
というのも、やめてしまうと今度は、女子たちに被害がいく可能性があったから。
彼女らがこれだけ申し訳なさそうに、あるいは悔しそうにしているのは、そんな配慮に気づいているから、かも。
だが……。
《あ、あの~? 本当に大丈夫だから、気にしないでね?》
うーん、まいった。
正直、俺は本当に……大して困っていないのだ。
むしろ、その他大勢に声をかけられなくなった分、好都合なような?
結果的にひとりになる時間が増え、ソーシャルゲームを堪能できていた。
《イロハちゃん、そんなことを言ってる場合じゃないよ! 今はまだアイツらも遊んでるくらいだけど、必ずエスカレートしていく。そうなったら……》
《それにイロハちゃん、アイツらをムシしてゲームして……神経を逆なでするようなこと、しちゃダメだよ! そんなことして、今後どんな目に遭うか……》
《そ、そうだねー》
そうなったら、シークレットサービスの人たちが不良たちを一方的にボコボコにするだろう。
彼らもまぁ、なんというか……目のつけた相手が悪いというか。
不良と顔を合わせるたびに、絡まれてバカにされるのはもちろん気分がよくない。
しかし、正直……不良よりもアンチのほうが万倍、ねちっこいし面倒だ。
《イロハちゃん! いいんだよ、ツラかったら泣いても。甘えても。今ならアイツらは見てないから。アタシたちしかいないから!》
《え、えーっと。うん、ありがとう?》
もしかしたら、そうやって油断していたのが悪かったのかもしれない。
――攻撃は予想外の方向からやってきた。
* * *
その日も俺は嫌がらせなんてなんのその、鼻歌を歌いながら『はこつく』をプレイしていた。
音無しだろうと脳内再生余裕。
俺の腕前なら廊下を歩きながらでも最高スコアを叩き出すことが……。
そのとき、ピコンっと画面に通知が表示された。
「ぎゃぁ~~~~!? 間違えてタップしたぁ~~~~!?」
慌ててゲーム画面に戻ると……ダメだった。
やってしまった。
「はぁ~、今日はなんだかツイてない」
そう呟いたとき、どこからともなく強い視線を感じた。
キョロキョロとあたりを見渡すと、シークレットサービスが物陰から非常に鋭い視線を俺に向けていた。
えっ、あっ!? そういえば、さっきの通知シークレットサービスからだったかも!?
もしかして、ムシしたと思われてる!?
「っ、っ、っ……!」
俺はコクコクと必死に何度も頷いた。
わ、わかってます! あとでちゃんと確認しますからーっ!?
すると、彼らは納得したようにまた影に消えた。
……ほっ、どうやら怒られずに済んだらしい。
「と、それより急がないと。休み時間が短いんだから」
そう呟きながら、俺は到着した自分のロッカーを開けた。
そして、その光景を目撃することになる。
「……なに、これ」
ロッカーが荒らされていた。
そこにあったはずの推したちのグッズは、無残な姿へと変わり果てていた――。
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