第200話『あの人は今……』
ギネス記録の認定員さんが、今回のルールを説明してくれる。
俺の目の前にはモニターとヘッドセットが用意されていた。
《イロハさんにはこれから、私どもが指定するネイティブスピーカーと順番に通話していただきます。また、その際は1言語につき最低でも5分以上、会話を続けてください》
>>1言語5分ならサクサク進みそうやな
>>いやまて、今の記録って50とか60じゃなかったか?
>>なに!? じゃあ、60言語×5分で……最低でも5時間!?(米)
《え、え~っと、はい》
正直、最初にこれを聞いたとき本気で辞退しようかと思った。
まぁ、そのときにはすでに引き返せないところまできてしまっていたのだが。
《非常に長丁場になることが予想されます。間で休憩を挟みつつ……また、通話相手のスケジュールの都合もありますので、2日に分けて計測を行わさせていただきます》
>>ほっ、助かった……のか?(米)
>>配信枠が2日連続で取ってあったし、予想はしてたwww
>>通話かける時間とか考えたら、今日だけで3時間とか4時間かかってもおかしくなさそう(米)
正直、ほとんど耐久配信に近い。
なんていうと、耐久でもなんでもない普通の配信で24時間以上ぶっ続けでゲームをプレイし続けるようなVTuberもいるので、ツッコミを受けてしまいそうだが。
これでも俺にとっては十分に長時間配信なのだから仕方ない。
それこそ、あの事件のとき以来かもしれないな……こんなにも連続して配信するのは。
《ネイティブスピーカーの中には認定員も混ざっております。またイロハさんには事前に通話相手を一切通知していません。そのため不正は不可能であると宣言しておきます》
>>配信内ですでに話してたのに、改めてチェックするんやな
>>過去に映像だけで判断して、不正に気づかずギネス認定しちゃったことあるからな(米)
>>うわ~、そんな痛い過去があるなら仕方ないな
>>ジアド・”マティア”・ファザだっけ?
>>59ヶ国語を話せるって話やったけど、テレビ番組でボロが出ちゃったんよな(米)
>>詐称さえしなければ、15ヶ国語を話せる十分にすごいポリグロットだったんだけどね(米)
やけに詳しい人がちらほらといるな。
元から視聴者は多いのが、さらに配信タイトルにつられて普段は見ない人も来てくれているようだ。
《また判定については、通話したネイティブスピーカーに「”流暢な”受け答えだったかどうか」を確認して行います。”ただ会話ができるだけ”では認定されませんので、ご注意ください》
>>意思疎通ができるだけじゃダメって、かなり厳しくね?
>>いや、それはイロハちゃんが挑戦するのがそういう種類のギネスってだけ(米)
>>ただの多言語のギネス記録じゃなかったのか
そう。今回、俺が挑戦するギネス記録は「流暢に何ヶ国語を話せるか?」だ。
ぶっちゃけ、俺にとってそれらは同じことなのだけれど。
《最初のネイティブスピーカーからもオーケーが出ました。それではイロハさん、準備はいいですか?》
《はい》
《では、ただいまよりギネス記録の認定審査を開始いたします!》
そうして、ついに俺の挑戦がはじまった。
プルルルとコール音が響き、通話が繋がる。最初の相手は――。
* * *
【はじめまして、イロハ。ボクの名前は……】
最初は韓国語だった。
思えば俺が能力を自覚して、最初の覚えた言語もこれだった。
5分があっという間に過ぎる。
判定は……。
《「同郷だと言われてたら、完全に信じていた」とのことです。韓国語、合格です》
>>よしっ!(韓)
>>さすがイロハちゃんだね!(韓)
>>話せるのわかってても、ドキドキしてしまったw(米)
《続いては――》
* * *
〈こんにちは、イロハさん。ワタシは――〉
次はフランス語か。
小学校の図書室でぶっ倒れて、病院に運ばれたのも懐かしい。
使う頻度も比較的多いので、これも余裕だ。
判定はもちろん……。
《「ワタシよりフランス語の発音きれいなんだけど?」とのことでした。フランス語も合格です。次は――》
* * *
<イロハ、キミと一度話してみたいと思っていたんだ。ぼくは――>
聞こえてきたのはウクライナ語。
ふと、思い出す。
小学校のころやってきた転校生は今ごろ、どうしているだろうか?
今でもVTuberのファンをやってくれているといいのだけれど。
>>というかこれ、イロハちゃんが配信上で使った順番じゃね?
>>本当かい? それはなんだかエモいね(米)
>>ワタシはイロハサマの古参勢で全アーカイブをチェックしてますが、間違いないです(宇)
え、そうだっけ? 言われたらそうかも。
もしかすると、俺のwikiを参考にした影響かもしれないな。
もちろん、通話相手の都合もあるため必ずしも準拠し続けるとはかぎらないが。
ちなみに判定はもちろん……。
《「当時の立役者と話せて幸栄だった。キミの言葉ははっきりとワタシに届いていたよ」とのことでした。これで不合格にできるなら、それは悪魔だけですね。ウクライナ語、合格です》
>>認定員さん、厳しいイメージあったけどめっちゃいい人やん
>>イロハサマとコラボ配信できたウクライナの人、すごく羨ましいです(宇)
>>↑べつにコラボではなくね???(宇)
そうして、俺の審査は進んでいった。
まさか――のちにあんなトラブルが待ち受けているとも知らずに。
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