第363話『アマゾンの奥地に住む人々』
「ぃぎっ!?」
発砲の反動がダイレクトに腕に返ってくる。
ピキ、と腕の中でおかしな音がした。
銃弾を受けたジャガーは甲高い悲鳴を上げて飛びのいていた。
痛みにドタンバタンともんどりを打つ。
”――痛い! 痛い! 痛い!”
叫びながら、そのまま転がるように走って森の奥へと逃げていく。
銃声に驚いたのか、ほかのジャガーたちもそのあとを追うように走り去っていった。
「生き残った、のか?」
カチカチとどこかで音が鳴っていた。
それが自分の歯の音だと遅れて気づく。
「……怖かった」
全身が震えだす。
自分の肩を抱きしめようとして、まだ拳銃を握ったままであることに気づく。
それはわずかに熱を持ち、硝煙の臭いを立ちのぼらせていた。
手を離そうとするが……。
「あれ……おかしいな、ははは」
手がガチガチに固まっていて、動かない。
俺は1本1本、指を引きはがすようにしてようやく拳銃を手放した。
ドスっと音を鳴らして、それは地面に落ちる。
まだ手のひらに、生きものを撃ったときの生々しい感触が残っていた。
「うっ!? おえぇ~っ!?」
俺は四つん這いになってえずいた。
頭じゃわかってるんだ。あぁしないと死んでいたのは俺たちだったと。
それでも
生きるためになにかを殺す。そんなことは普段の生活でも行われている。俺たちの見えないところで。
「わかってる、つもりだった」
害獣として駆除される野生動物、食料や資源として屠殺される家畜たち。
そこにある差は、自分が殺すか、他者に殺させるかだけ。
「おえっ……げほっ、ごほっ。はぁ、はぁ……」
けれど、人の心は想像よりもずっとやわらかくて、もろい。
だから心が直接、現実に触れてしまわないよう……何重にもフィルターをかけられている。
「きっと、人間は鈍感にならなきゃ生きていけないんだ」
見て見ぬフリしないと、あっという間に傷だらけになって壊れてしまうから。
人間は言葉とともに想像力を手に入れた……他者の痛みがわかってしまう生きものだから。
「それでも、俺たちは生き残った。他者を害してでも生き延びることを選んだ」
俺たちは幸運だったのだと思う。
もし襲われたのが今日じゃなければ、抵抗すらできずに殺されていただろうから。
食事を摂って、わずかでも活力が回復していた今だからこそ追い払うことができた。
こうしてふたりとも無事に……。
「そうだ、彼女は?」
様子を確認しないと。
スマートフォンを拾って、立ち上がろうとし……ガクンとバランスを崩す。
「痛っ……」
どうやらジャガーに襲われた際、足も痛めていたらしい。全身ボロボロだな。
俺はスマートフォンの明かりを頼りに、足を引きずりながらシークレットサービスの女性のもとへ移動した。
彼女の全身にいくつも細かな傷が増えていた。
けれど幸いにも、新たな大きなケガはなかった。
「よかった……。あ、れ?」
安心したせいで、一気に疲れがきたのだろうか?
ズルズルとその場に崩れ落ちてしまう。
全身に力が入らない。
座り込んだまま、動けなくなる。
「あっ……」
今さら気づいた。肩が焼けるように熱かった。
触れると、手が真っ赤に染まった。
「あぁ、そっか」
どくんどくんと血が溢れ出していた。
どうやら、思っていたよりもずっと深く引っかかれていたらしい。
俺は頭上を見上げた。
いつしか夜が明けようとしていた。分厚い枝葉の天井から、光が零れ落ちていた。
「助かったと思ったんだけどな」
意識がもうろうとしてくる。
どうやら俺はここまでらしい。
不思議とさっきまで感じていた恐怖はどこにもなかった。
心はただ静かに……凪いでいた。
「そうだ、最後にできることは」
俺は残った力で親指を動かした。
視界はかすんでいたが、慣れた操作だ。見なくてもできた。
スマートフォンから音楽が流れはじめる。
音量を最大に設定した。
「これですこしはケモノ除けになってくれるといいんだけど」
もしかしたら、俺が死んだあとにシークレットサービスの女性が目を覚ますかもしれない。
そうなったときに備えて、すこしでも彼女が生き残る可能性を上げておくんだ。
充電がいつまで持つかはわからないが……。
俺はもうダメみたいだから。残念ながら自分を手当てするほどの力も道具も残ってない。
「……あはは」
悪くない最後じゃないか。
推しの歌を聞きながら逝けるなら。
俺はそのまま、ゆっくりと地面に横たわった。
もう指1本すら動かない。
「――神さまのウソつき」
なぜか、最後に口をついたのはそんな言葉だった。
俺はそのまままぶたを下ろし――。
……。
……。
……。
「●▽▲※×☆!」
「※×☆!?」
「▽▲●! ▲●!」
どこかから人の会話が聞こえてきた気がした。
しかし、俺の意識はそのまま深く沈んでいき……。
* * *
「……え?」
俺は呆然としていた。
キョロキョロと目だけであたりを見渡す。
「天井が、ある」
木の枝の柱に葉っぱを被せただけだが、俺がいたのは間違いなく”家”だった。
身体を起こそうとすると、肩に激痛が走る。
「うっ……あれ? これ、手当てされてる?」
見れば、傷口になにやら葉っぱが張りついていた。
俺の知っている医術とはかけ離れているが、人為的なものであることは一目瞭然だった。
「なにより……」
家の外から人の声が聞こえてくる。
なにか談笑でもしているような、そんな雰囲気が伝わってくる。
と、足音が近づいてきた。
家の中へと入ってきたのは……腰に”
「▲△○×! ※※○?」
女性が笑顔で話しかけてくる。
それは――俺の知らない言語だった。
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