第294話『翻訳少女(ビースト)』

『もしも〜し! イっロハちゃ〜ん、おーぐ~! 元気〜!?』


 電話に出るや否や、あー姉ぇの元気な声が聞こえてくる。

 ハロウィン……お祭りだけあって、今日はいつにも増して好調だな。


「うん、元気だよー」


『ぎゃぁ〜っ!? お姉ちゃん、ちょっと……うわぁ〜ん!?』


「……あー姉ぇほどじゃないけど」


『あはは〜、そっか〜! 元気なのはいいことだよね〜!』


『ひぃ〜!? お、お姉ちゃん、助けっ、イヤぁ〜!?』


「……う、うん」


 さっきからずっとあー姉ぇと会話している後ろで、すごい悲鳴が聞こえているんだが。

 俺は恐る恐ると尋ねた。


「えーっと、さっきから聞こえてるのってマイの声じゃ」


『気のせい気のせい!』


『こ、この声はイロハちゃんぅ~! た、助しゅてぇ〜! ひぃいいいぃ~!?』


「……」


 うん、絶対に気のせいじゃないな!?

 マイが現在進行形で不憫な目に遭っている姿が容易に想像できた。


 しっかし、あー姉ぇが絡むと一気に騒がしくなるなぁ。

 けど、こういうのも……今は、そうイヤじゃない。


『それよりイロハちゃん! 衣装、ちゃんと届いた~? シークレットサービスさんに「ハロウィン当日渡すように!」ってメモ書きしておいたんだけど~』


「あ~、それで。いやまぁ届いてはいるけど」


 どうりで、こんな絶好のタイミングだったわけだ。

 あー姉ぇってこういうのホント好きだもんなぁ。


 過去の出来事を思い出す。

 あのときのリハーサルの合間にもコスプレさせられたし、戦車に乗ったときもそうだ。


『せっかくのハロウィンなんだよ? 仮装しなくちゃもったいない!』


「うっ……!?」


 あー姉ぇのことだし、コスプレしてるだろうなーとは思っていた。

 でもまさか、アメリカにいる俺たちにまで飛び火してくるとは予想できなかったなー!?


『ところで、さっきからおーぐが静かだけど、どうかしたの?』


「……ムッスぅ~」


「おーぐ?」


 見ると、あんぐおーぐがほっぺをパンパンに膨らませて、そっぽを向いていた。

 なぜゆえ? と首を傾げると、彼女はゴニョゴニョと呟く。


「アネゴのせいダ。せっかくイロハと、あともうちょっとだったのニ……」


「あ~」


 それでスネていたのか。

 まったく、そんなのあとでいくらでも……。


 って、いや!? これじゃあ、まるで俺が期待してるみたいな!?

 全然、そんなことはないんだが!?


『なに、おーぐ機嫌悪いの~? よし、イロハちゃん! ここはおーぐのためにもひと肌脱いであげよう!』


「はぇっ!? な、なんでわたしが!?」


『そりゃ……多少の不機嫌なんて、イロハちゃんのかわいいコスプレ姿を見れば吹き飛ぶからね!』


「わたしがコスプレする前提で話を進めるな!」


「……たしかニ、一理あるかもしれないナ! いやむしロ、イロハのコスプレでしか癒せなイ!」


「ちょっと、おーぐ!? 本当はもう機嫌直ってるでしょ!?」


 あんぐおーぐがニヤニヤと視線を宙へと向け、なにやら妄想していた。

 なんで、俺がワリを食わなきゃいけないんだ!?


『まぁまぁ、イロハちゃん。恥ずかしがることなんてないよ! なんたって、ひとりじゃないからねっ!』


『ぎゃわわわぁ~!? ひぃううう~んっ!?』


「まさか、さっきから聞こえてる声って」


 音声通話がビデオ通話に切り替わる。

 向こうの部屋の様子がスマートフォンの画面に映し出されて……。


『だ、だずげてぇ~~~~! もうどめでぇ~~~~!?』


 包帯でグルグル巻きにされたマイが、天井から吊るされていた。

 ビヨーンビヨーンと包帯が伸び縮みして、まるでバンジージャンプでもするみたいに跳ねている。


「あー姉ぇ、これは」


『うん! 見てのとおり包帯女マミーのコスプレだよ!』


「な、なんでまたこんな姿に!?」


『え? ……うーん。マイと名前が似てたから?』


「いや、そういうことを聞いてるんじゃないが!?」


 マミーのコスプレをするまではいい。ハロウィンだし。

 だが、なぜ吊るす必要がある!?


『……えっ!? マミーってこういうもんじゃなかったの!?』


「んなわけあるかー!? というか、マイもどうして素直に吊るされてるの!?」


『だ、だってぇ~! こ、こうしたらイロハちゃんのコスプレ姿が見られるって言うからぁ~!?』


「勝手にわたしを交換条件に出すなー!? ……って、あの?」


『イロハぢゃんぅ~!』『イロハちゃ~ん』「イ~ロ~ハ~!」


「な、なんかみんなから圧を感じるんだけど」


 ジリジリとあんぐおーぐが近づいてくる。

 俺は逃げ出した。1秒で捕まった。


「ひゃ、ひゃう……!?」


「イロハ……悪いナ。覚悟ぉ~っ!」


「ぎゃーっ!? ちょっ、服ムリヤリ脱がさないで!? あっ、やっ……ダメぇ~っ!?」


 服を剥ぎ取られて、素肌がマイやあー姉ぇに晒される。

 そして、強引に衣装を着せられ……。


「や、やだぁ……恥ずかしいから、見ないでぇ」


 俺は羞恥に自分の両肩を抱いて、縮こまった。

 ううっ、なんだこの衣装!? これが室内じゃなかったら完全に痴女じゃないか!?


 肩もお腹も足も剥き出し。それでいて大事な部分や手足だけはモッフモフ。

 そして象徴的な、頭に生えた耳とお尻から伸びたフサフサの尻尾。


『ぐ、ぐへへへぇ~! イロハちゃんぎゃわいいいぃ~!』


『イロハちゃん良い! すっごく良いよ! ……襲われたい』


「イロハ……オマエ、これはなんというカ……エッ――」


「そ、それ以上は言うなバカっー!?」


 俺がコスプレさせられたのは、やたらと露出の多い”狼人間”だった。

 これ絶対、秋にするような格好じゃないだろ!?

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