第293話『トリック・オア・トリック』

《トリック・オア・トリート!》


《ぎゃーっ!?》


 俺はいきなりあんぐおーぐにソファへと押しされていた。

 彼女が馬乗りになってくる。


《ちょ、ちょっと!? いきなり襲いかかってこないでよ!》


《へー? じゃあいきなりじゃなかったら、よかったんだ?》


《〜〜〜〜! そ、そういう意味じゃなくて!? わたし、まだお菓子をあげないとも言ってないでしょ!》


《そういえば。じゃあ、お菓子くれ! くれなきゃ、イタズラするぞー! ガオー!》


 お菓子はバッチリ準備してある。

 正直、こんなの用意するなんて面倒だとは思うのだが、自衛のためには仕方ない。必要経費だ。


 普段のあんぐおーぐを見て、おそらくこうなるだろうなーと予想がついていたからな。

 というわけで、俺はお菓子を取りに……。


《あのー、おーぐ? どいてほしいんだけど?》


《え〜? 聞こえないなー? ところでお菓子はまだかー? くれないなら、イタズラするしかないが?》


《いや、だからおーぐがジャマで……って、まさか取りに行かせないつもり!? それはズルじゃない!? ちょっと、どいて! どけぇ~っ!》


《ほらほら、イロハ。もっとがんばらないとー》


《ぐ、ぐぬぅ~っ!》


 俺は全力で脱出を試みた。

 手足をパタパタと動かして……。


《ぬぐぐっ……! ふんぬぅ〜っ!》


《……》


 手足を……。


《ぜぇ、はぁ……ちょ、ちょっとタンマ》


《……イロハ、オマエ》


 あ、あれー!?

 あの、ビクともしないんですけど。


 あんぐおーぐもまさかここまで俺が弱いとは想定していなかったらしい。

 もはや、かわいそうなものでも見るような目をこちらへと向けていた。


《もしかしなくてもオマエ、日本にいたときよりも弱っちくなってないか?》


《うぐっ!?》


《さすがにもうちょっと運動したほうがいいと思うぞ。ダンスレッスンには通ってるんだよな?》


《よ、余計なお世話だし! まぁ、たしかに? アメリカに来てダンスのレッスンスタジオが遠くなったから、行く頻度は減ってるけど》


《ハァ~。じゃあ今度、ワタシと一緒にレッスンを受けに行くか》


《えぇ~っ!? だ、大丈夫だって! 振りつけはちゃんと覚えてるし!》


《いや、このままじゃオマエ、1曲踊り切る前にバテるだろ》


《そ、そんなことないし!?》


 くそうっ! このままじゃ……!? 仕方ない。こうなったら非常手段だ。

 俺はそろーりとあんぐおーぐの脇腹へと手を伸ばし……。


《……ていっ》


《ひゃんっ!? オイ、イロハ!? ちょっ、あひゃひゃひゃ!? お、オマエぇ! 力じゃ敵わないからってくすぐってくるのはズルだろ!?》


《どの口が言ってるの!? 先にのしかかってきたおーぐが悪いんでしょ!》


《あひゃひゃっ!? このっ、いい加減にしろっ!》


《きゃっ!? ちょっと、手まで押さえつけるのはナシでしょ!?》


《くすぐってきたオマエが悪いんだろ! さぁてイロハ、それじゃあそろそろ……お菓子を渡せないようだし、観念してワタシのイタズラを受けてもらうぞ!》


《な、なんでぇっ!?》


《いや、待てよ? どっちかというと、イロハってすっごくいい匂いがするし……すぅ~はぁ~。イロハ自身が甘ーいお菓子だったかもなー?》


《や、やだぁっ!? こらっ、匂いを嗅ぐなっ!》


《というわけで、食べちゃうぞーっ!》


《ま、待っ……きゃーーーー!?》


 あんぐおーぐが顔を近づけてくる。

 抵抗、できない。


 俺はキュッと目を閉じ、身体を縮めてその瞬間に備えた。ちょっとだけ、自分からも唇を突き出して。

 心臓がドクンドクンと高鳴り、そして……。



 ――ピンポーン



 リビングにチャイムが響き渡った。

 目を開けると、至近距離にあんぐおーぐの顔があった。


《《……》》


 じぃーっとお互いの顔を見つめ合う。

 やがて、どちらともなくふたたび目を閉じて……。


 ――ピンポーン! ピンポーン!


《イロハ……》


 ――ピンポンピンポン、ピンポーン!


《イロ……ぬぁ~もう、ダレだ!?》


《おーぐ! ほら、待たせても悪いし! 出たほうがいいんじゃないかな!?》


《ぐぬぬっ! 今、すっごくいいところだったのにー!?》


 あんぐおーぐが観念したように、そう叫んで身体を起こした。

 彼女の顔が離れていく。


 あー危ない危ない。助かった。うっかり一線を越えてしまうところだった。

 彼女が立ち上がり、俺のお腹の上からその体温と重さがなくなって……。


《……ぁっ》


 なぜか自然と口から、寂しそうな声が漏れてしまった。

 あんぐおーぐはそんな俺に耳打ちする。


《すぐ戻ってくるから、安心しろ》


《~~~~っ!? ちがっ!? そんなんじゃないから!》


 恥ずかしさを誤魔化すように、身体を起こして否定する。

 あんぐおーぐが玄関のほうへ行き、そして段ボール箱を受け取って戻って来るのを俺は眺めた。


《なんだったの? 配達?》


《あぁ。シークレットサービスがチェックした荷物を届けてくれたらしい。なんか、どうしても今じゃないとダメらしくって。ってこれ、差出人がアネゴだな?》


《えっ、あー姉ぇから? 中身は?》


《待ってろ、今開けるから》


 俺も立ち上がって、ちょこちょことテーブルのほうへ移動する。

 あんぐおーぐの背後から一緒になって箱を覗き込んだ。その中身は……。


《なにこれ、服? いや、これ……コスプレグッズだ!?》


 そして、タイミング見計らったかのように……いや、実際に見計らっていたのだろう。

 俺のスマートフォンが着信で震えた。

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