第292話『ハロウィン・ナイト』
《じぃ~》
《え? な、なに?》
ハイスクールの教室にて。
俺はシテンノーから疑うようなまなざしを向けられていた。
《イロハ、お前まさかボクを謀ったんじゃないだろうな?》
《なんのこと?》
《だって、ボクが研究の手伝いを引き受けた途端、お前の成績が上がるだなんて。自分だけこっそり勉強する作戦……いや、それはないか。だってイロハだし》
《おい》
シテンノーは疑っておいて、速攻で自己解決していた。
その評価は褒められているのか、貶されているのか……ナゾだ。
《えーっと。ところで研究所はどうだった? 勉強の役には立ちそうだった?》
《あぁ、そうだな。正直に言うと……打ちのめされたよ》
《えっ?》
《ボクはまだまだだって思い知らされた。だって、あそこで働いている人たち、みんなバケモノみたいな天才ばっかりだから。頭がおかしいくらい頭がいい》
《そんなに?》
そういえば、あの女性エンジニアもMIT出身だとか元ゴーゴル社員だとか言ってたっけ?
でも正直、意外だ。
《シテンノーから見てもそんなにスゴいんだ》
《当たり前だろ。あと、イロハ。やっぱりお前もスゴいよ。差を痛感させられた》
《え?》
《あの天才しかいない環境で、自分だけの役割を作り出すことがどれだけ困難なことか。あの場所では、大抵の人間はいてもいなくても同じ……誤差に成り下がる》
《わたしは、そんなんじゃないよ》
だって、言語チートのおかげだし。
そう、居心地の悪さから否定を口にしたのだが……。
《いや。同い年のイロハにできたんだ、ボクにできないはずはない……なんて、うぬぼれてた。ボクじゃあ太刀打ちできなかった。――今はまだ》
いやいや、シテンノーこそスゴいのでは?
そんなバケモノたちを前にして折れず、どころか「今はまだ」と言ってのけられるとは。
《あの場所を紹介してくれて感謝してるよ。すごくいい刺激になった。それに新しい目標もできたしな》
《へー》
《ボクは将来、学者になる。それは今も変わらない。けれど、その先にもうひとつやりたいことが……いや、今はまだイロハにはナイショにしておくよ》
《そうなんだー。がんばってねー》
《……せめて、もうちょっと興味があるフリをしてほしいんだが。まぁ、そういうやつだよな、お前は》
うっ!? そんなに顔に出ていただろうか?
でも、VTuberが関わりそうな話題じゃなかったから……。
と、そこへ「あ~~~~!」という声が響いた。
教室へ入って来るやいなや、一直線にこちらへ向かってきたのはいつもの女子だった。
《イロハちゃーーーーん! ちょっと聞いてよー!》
《え、えっと?》
女子に抱き着かれ、絡まれる。
あーこれ、面倒くさいヤツだな?
《イロハちゃんは職場恋愛ってどう思う? 年の差ってどう思う? 絶対、友だちとか同年代のほうがいいって思うよね!?》
《うーん。こういう話題は、わたしじゃ力になれないんじゃないかな? なれないと思うなー? うん、なれない! じゃあ、そういうことで失礼……》
《逃がさないよ? で、じつはこのバカが……浮気してたの! 研究所の女の人にデレッデレしてて!》
《はぁ!? ボクはそんなことしてないぞ!? だいたい、浮気ってなんだ!?》
いや、それはどっちでもいいんだけど……。
あの、ガッシリ掴んでる肩から手を離してほしいです。俺を巻き込まないでほしいです。
《アタシもシテンノーも最初はね、同じ作業をさせられてたの。でも途中からコイツ、研究所の女の人とふたりっきりで……》
《……うわぁ~。シテンノーくん、作業をサボってってのはちょっと。じゃあ、さっき「目標ができた(キリッ)」とか言ってたのって、もしかして》
《ちがぁあああうっ!? し、信じてくれイロハ! ボクはイロハひと筋で!?》
《イロハちゃん、もっと叱ってやって! ほんとコイツ、ちょっと「キミ、おもしろいね」って言われたからってチョーシに乗っちゃってさー! アンタなんか、大人の女の人にからかわれてるだけだから!》
《だから、ちがう!? それは「ボクの”アイデアが”おもしろいね」って言われただけだ!? それで、ほかの作業まで任せてもらえたってだけで!》
《へー、そう。べつの作業を任せられただけ……、うん?》
《「気に入った」とか「将来が楽しみ」とか「欲しい」とか言われて、シテンノーもその気になっちゃって! 「私の専属になりなよ」って……キィーっ! ヤラシー! 職権乱用ってヤツだね、アレは! 間違いない!》
《えーっと?》
それってもしかして、その女性にシテンノーが実力を認められただけなのでは?
そしてなんだか、その女性に心当たりがある気がする。
けど……シテンノー、スゴいな。
さっきは「まだ」なんて言っていたが、もうすでに……。
《イロハちゃん! こんなの絶対に許せないよねー!?》
《イロハ、お前ならわかるだろ!? ボクを信じてくれ!》
《うーん……》
俺はしばし悩み、判決を下した。
《――有罪! シテンノーが悪い!》
《なんでだぁーーーー!?》
《イロハちゃんならわかってくれると思ってたわ!》
「ボクは無実だー!?」と崩れ落ちるシテンノーを、女子が「ほら見ろ!」とドヤ顔で見下していた。
はっはっは、シテンノーはまだまだわかってないなー。
基本的に、女子とは口論になった時点で負けなのだ。
そして、俺だってわざわざ負けウマに乗りたいとは思わない。
《イロハぁ~!?》
というわけで、俺はみちづれを回避するために切り捨てる決断をした。
すまんな、シテンノー……がんばってくれ。
* * *
そんな風に日々を過ごしていた、ある日の晩。
あんぐおーぐがニヤニヤしながら、俺のほうへと接近してきて……。
《――トリック・オア・トリート!》
あんぐおーぐが「ガオー!」と両手を広げて俺へと襲いかかってくる。
ハロウィンナイトの幕を上がった――。
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