第51話『バレンタインの思い出』

>>なんでそうなるんだよ!?


「いや、大事でしょ!? 推しのチョコを貰うことは! だってバレンタインだよ!?」


 俺はそうコメントに反論した。

 バレンタインデーは推しからチョコを買う日。推しのバレンタイン配信を見る日。

 そう決まっておろうに。


 と、言いつつ。

 じつはみんなが言っていた「お披露目か?」という予想は当たっていたりする。

 まだちょっと準備が足りていないため、発表はお預けだが。


>>じゃあ、お前もちゃんと配れ!

>>お前はむしろ配る側だろ!

>>イロハちゃんのチョコどこ? バレンタインイベントどこ?


「あ、そうだ忘れてた。わたしもバレンタインイベントすることになったんだった。2月14日はあー姉ぇとオフコラボ配信します! お楽しみにねー」


>>それを一番に宣伝しろぉおおお!

>>なんで自分のバレンタインイベントがおまけなんだよwww

>>甘い季節にファンへの塩対応たすかる


「そんなわけだから、みんなよろしくー」


   *  *  *


 というわけで2月14日、当日。

 学校の教室にて、俺の前にふたりの女の子が立ちふさがっていた。


「えーっと、なにか用?」


「イロハちゃん!」「イロハサマ!」


 俺にはわかる。これは面倒ごとの気配だ……。

 目の前でふたりの女の子がにらみ合っていた。


「フフフ……マイサン、そのチョコをいったいどうするつもりデスカ?」


「どうってもちろん、イロハちゃんに渡すんだけどぉ~? だってマイたちは親友……いや、それ以上の仲だからねぇ~! そういうこと・・・・・・をするのも、当然だよねぇ~?」


「うぐっ!? ソウデスカ、ソウデスカ。でもイロハサマはみんなのイロハサマ、デス。ソウイウ抜け駆けはよくないと思いマス。なにより学校にチョコを持ち込んではいけマセン」


「そう言いながら後ろ手に持ってるのはなにかなぁ~? どうみてもプレゼントだよねぇ~? っていうかチョコだよねぇ~? いったい抜け駆けしようとしてたのはどっちかなぁ~?」


「ピ~ヒョロロ~♪ いったいナニを言ってるのかワカリマセン。ワタシ、ウクライナ語しかしゃべれナイノデ。あ、ロシア語ならチョットダケわかりマスヨ」


「なぁ~っ!? ふ、ふふ……言うじゃないこんのドロボー猫ぉ~! あとから来たぽっと出のクセにぃ~!」


「きちんと日本語でしゃべってクダサイ。ぽっと出の意味、わかってマスカ? ワタシが前に住んでたのはウクライナの都市部デスヨ?」


「ムッキィ~! イロハちゃんっ、こいつがぁ~! こいつがイジメてくるよぉ~!」


「ちがいますイロハサマ! ワタシはただイロハサマの負担にならないようにと考えただけデス!」


 サラウンドでまくしたてられる。

 あうあうあう、耳がぐわんぐわんする。


「えーっと、この話にわたしって必要かなぁ? ふたりで結論を出したあと、わたしに伝えに来るとかになんない?」


「イロハちゃんはちょっと静かにしてて! 今、マイたちは大事な話をしてるの!」


「イロハサマに命令などと不敬な! すぐにワタシがこの女狐を静かにしてみせマスので、イロハサマは後ろで控えておいてクダサイ!」


「えぇ~……?」


「そもそも、ワタシの調べによるとイロハサマはあまり甘いものが得意ではないノデス。実際、給食においても平均的な咀嚼回数が20~25のところを、甘いものだけは10回未満で済ませていマス!」


 !?!?!?

 え、なにそれ恐い。俺だって自分の咀嚼回数なんて知らねーよ!


「マイサンのチョコがきちんと好みに配慮してビターに作られているか、怪しいところデスネ!」


「むぐっ!? そ、それはたしかに。けど、食べたら絶対においしいもんぅ~! イロハちゃんは好きって言ってくれるもんぅ~っ!」


「イーエ、それならマダシモ、ワタシの作ったチョコのほうがイロハサマ好みデス! 間違いありマセン!」


「そこまで言うならっ! イロハちゃん、マイのチョコを食べて感想聞かせて! 世界で一番おいしいチョコだってわかるから! はい、これ! あぁ~ん!」


「なっ、ズルいデスっ! ほ、本来ならイロハサマにワタシなんかが作ったチョコを差し上げるナド……デスガ、マイサンが作ったチョコを食べるくらいナラ、せめてこちらのチョコを召し上がってクダサイ! その……あ、あーん!」


 ふたりが自身のチョコを箱から取り出した。

 むぎゅーっと両方からチョコが俺のほっぺたに押しつけられる。


「さあ! さあ!」「ぜ、ぜひっ!」


「ちょっと待っ――むぐぅっ!?」


 しゃべろうとわずかに口を開けた瞬間、チョコをねじ込まれる。

 口の中がチョコで満杯になる。


「もぐっ……お前ら、ちょっと――」


「どうかな!? マイのチョコおいしいぃ~!? え、よくわかんないぃ~!? だったらもっと!」


「チョット! そ、それならワタシのも! コレでお口直ししてクダサイ!」


「むぐっ、もがっ、お、おみゃいら――いい加減(はれん)にひろぉおおお!」


「いい加減にするのはアンタらだよぉおおお!」


「「「ひぃいいいっ!?」」」


 頭上から怒声が降ってきた。

 俺たちは揃って、びくーん! と立ち上がる。

 振り返ると、そこには憤怒に表情を染めた教師が立っていた。


「アンタら、もうチャイム鳴ってるよ? というかよくもまぁ、教師の前で堂々とチョコなんて食べられたもんだねぇ? よくもチョコなんて学校に持ち込もうと思ったもんだねぇ?」


「もがっ……むぐっ……!」


 俺はブンブンと必死に首を横に振る。

 待て! 俺は関係ない! 巻き込まれただけで!


「黙らっしゃ~~~~い!」


 廊下にも響く大声で、教師は叫んだ。

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