第52話『バレンタイン記念配信』

 学校に不要物であるチョコを持ち込み、あまつさえそれを食べさせられている俺を見て、教師が怒鳴った。

 いやいやいや、違うんです! 誤解です! 俺は……!


「口にモノを入れたまましゃべろうとするんじゃありません! あー、もう! ヤダヤダ! あっちもこっちも浮かれくさって。学校は勉強と共同生活を学ぶところですよ? ……先生なんてチョコを渡す相手もいないのに」


<最後のが本音なのでは?>


「なにか言いましたか?」


<ひぃっ!? 「い、イエ! ナニモ!」>


 こ、怖ぁっ!? まるで30年分の怨念でも篭もったような目だった。

 もしかして先生……いや、考えないでおこう。


「たとえ成績が良かろうと、海外からの転校生だろうと関係ありません! ルールはルール! 3人まとめて放課後、職員室へ来なさい!」


「「「はい……」」」


 俺は心の中で泣いた。

 理不尽だぁ~~~~!?


 なお転校生の手作りチョコの残骸を見て、クラスメイトの男子がひとり「オレ宛じゃなかったのか、そっか……」とすごく悲しそうな顔で呟いていた。

 が、がんばれ男の子!


 ……いや、すまん。

 やっぱり、もう遅いかもしれない。


   *  *  *


「ハッピーバレンタイ~ン! アネゴですっ☆ というわけで今日はイロハちゃんと一緒にチョコを作っていきたいと思いま~すっ☆」


>>よかった……今年はアネゴひとりじゃないんだね

>>ありがとうイロハちゃん、本当にありがとう!

>>直火に当てたり、茹でたりされずに済みそう


「材料はよくわかんなかったので、これくらい用意しました! って、あれ? イロハちゃんどうしたの? なんか顔色よくないけど」


「いや全然、うっぷ……大丈夫、うっぷ」


>>これはダイジョばないやつだろ

>>なんですでに満身創痍なんだよwww

>>生理か?


「すんすんっ、イロハちゃんの口内から甘ーい香りを検知! ほほう、さてはイロハちゃん、すでにたらふくチョコを食べたあとだ姉ぇ? そういえば昨日、ウチの妹がチョコ作ってた気が」


「食べたというか、食べさせられたというか」


 あいつら、絶対に許さねぇからな!?

 結局、放課後も戦いは勃発し、俺はまるまる2箱分チョコを食わされるハメになった。


「あははー、まぁ許してあげて。妹もすごく張り切ってたみたいだから。イロハちゃんが中学受験に受かって、卒業後は別々の学校に進むことが決まっちゃったでしょ? だから、それまでにできるかぎり思い出を作るんだー、って」


「……っ」


 そういうことだったのか。

 普段からマイは積極的だが、今日はいつにも増して、だった。


 それこそやりすぎなくらい。

 ハロウィンやクリスマス、年末年始なんてメじゃないほど。


 いや、マイだけじゃない。転校生だっていつもに比べて積極的だった。

 彼女もまた、別れが近いことを知って勇気を出してきたのかもしれない。


「はぁ。わかったよ。仕方ないから許してあげることにする」


「ふふっ、ありがと姉ぇー」


>>アネゴがちゃんとお姉ちゃんしてる、だと!?

>>おい、このアネゴ偽者じゃないか?

>>いつもこのきれいなアネゴがいい


「あははー、なに言ってんのみんなー。あたしはいつもやさしいお姉ちゃんでしょ? 普段から頭脳明晰、文武両道、良妻賢母の家事万能じゃんか姉ぇー?」


>>あっ、いつものアネゴに戻っちゃった

>>きれいなアネゴを返してください

>>アネゴは同性にはモテるけど異性にはモテなさそうw


「おいコラ! あたしはいつもモテモテやろがい! みんなも正直に言っていいんだよ? この配信を見に来てるってことは、本当はあたしにガチ恋しちゃってるんだよ姉ぇ?」


>>いや、べつに……

>>事故起こさないか不安で

>>イロハちゃん目当てです


「おい!? あー、いいんだー、そんなこと言っちゃうんだー? ふぅ~ん。ところでみんなは今日、チョコいくつもらったの?」


>>うぐっ!?

>>ぐはぁあああっ!?

>>やめろ! その質問はするな!!!!


「ちなみにイロハちゃんはいくつ?」


「え」


「ほら、ここだけの話にするから! こそっとマイクに囁くだけでいいから!」


「全員に聞こえるじゃん!? えぇ~? まぁ、いいけど。全部でじゅう……えっと、何個だろ?」


>>マジ!?!?

>>イロハちゃんってプレゼント受け付けてたっけ?

>>イロハちゃんは女たらしやからね……


「視聴者さんからのプレゼントは受け付けてないねー。中身のチェックとか、できる環境が整ってないから。全部、友だちとか知り合いのVTuberさんからだね」


「え、待って。あたしより多いんだけど」


「あー、なんか海外のVTuberさんで『日本のイベントを体感してみたい!』って人がけっこういて。それでチョコを送りあったりしてるから」


「……それ大丈夫? おーぐ怒ってたりしない? あの子もそれなりに日本のイベント詳しいから、張り切って準備してたけど」


「え、なんで?」


>>あっ……

>>これは正妻激怒だわwww

>>イロハ、配信終わったら通話しろ(米)

>>本人キターーーー!


 配信後、なぜかあんぐおーぐにめちゃくちゃ怒られた……。

 あと、あー姉ぇお前は二度と料理をするな。作ったものを俺に食わせるな。


   *  *  *


 そうして小学校、最後のイベントが終了した。

 3月になり、とうとうその日が訪れる。


 ――卒業式がやってきた。

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