第418話『Re:Live《リライブ》』


 本ライブ最後の曲がはじまろうとしていた。

 心臓の鼓動がドクンドクンとやたらうるさく感じられた。


「この曲は、今回のイベントが2度目にしてようやく実現したことにちなんで名づけられました。どうぞ、聞いてください……」



「――『Re: Liveリライブ』」



 そして、俺は震える声でその曲の名前を告げた。

 舞台が暗転して、音楽が流れはじめる。


 ここからはぶっつけ本番だ。

 裏で必死にスタッフたちが動いてくれているのがわかる。


 リアルタイムでほかのVTuberたちが歌う映像に、俺の姿を重ねるためだ。

 ……大丈夫、たくさん練習はした。


 あんぐおーぐ、あー姉ぇ、イリェーナ……。

 みんなにも協力してもらって、何度もチェックした。


「……っ」


 なのに……なぜだろう?

 不安で不安でたまらなくなる。


 ここで失敗すれば、世界はまた戦乱の世へと逆戻り。

 そんな弱気が脳裏をよぎってしまう。


 俺の声は本当にみんなへ届くのか?

 本当に世界を救うなんてことができるのか?


 気づくと、真っ暗な舞台の上には俺ひとりしかいなかった。

 急に足元から地面が崩れ落ちていくような錯覚がして……。



《――大丈夫だ!》「――大丈夫だよっ!」<――大丈夫です!>



 どこかからそんな声が聞こえた気がした。

 いや、ちがう――それははっきりと俺の耳に届いていた。


 俺はハッとして後ろを振り返った。

 舞台が一気にライトによって照らし出されて……。



 ――”みんな”がそこにいた。



 あんぐおーぐも、あー姉ぇも、イリェーナも……。

 これまでコラボしてきたみんなが――すべてのVTuberが、同じ舞台に立っていた。


「――――」


 彼女らの歌声が観客へ、視聴者へと響いていた。

 その声はまるで俺の背中を押してくれているかのようだった。


 不思議だった。

 あれだけ怯えていたはずなのに、今はスルリとノドから声が出た。


 ――イロハちゃんはひとりじゃない。


 彼女に言われたそんなセリフが脳内で再生された。

 そうだ……俺はもうひとりじゃない。


 だって、この場所に帰ってきたんだから!

 と、同時に俺は思った。


 この曲……本ライブのテーマ曲『Re: Liveリライブ』。

 それは2度目のライブであることを――『再演リライブ』を示している。


 だが、こういう風に捉えることもできるのではないか? と。

 それは……。



 ――『転生リライブ』。



 俺はこの世界にイロハとして転生してきた。

 そして、あのアマゾンから生きて帰ってきた――『生還』した。


 この曲はまるで俺のことを歌っているかのよう。

 そして……気づく。


 今、見ているこの光景……。

 これこそが俺のずっと見たかった景色だ、と。



 前世で死んでも捨てられなかった――”未練ユメ”が今、実現していた。



 そうだ、だからこそ……!

 絶対にこの夢を終わらせちゃいけない。


 明日も、明後日も……永遠にこんな日々が続くように!

 届け……届け、届け、届け……!



 ――届けっ……! わたし言葉おもいっ……!



 みんなの歌声が重なっていた。

 この曲もあの事件のときに歌ったのと同じで、さまざまな言語で歌詞が作られている。


 そして彼ら、彼女らも今……みんなが自分の言語でそれを歌いあげている。

 俺も最初は自国語――日本語で歌っていた。


 だが、だんだんとそれが変化しようとしているのがわかった。

 あぁ、この感覚……。


《……っ! 来るぞ、例のアレ・・だ! おい、翻訳少女イロハのボリュームをもっとあげろ! そう……そうだ! この声を世界へ、みんなへ届けるんだ!》


 どこかからそんなスタッフの声が聞こえた気がした。

 俺の言葉がよりみんなへとはっきり、遠くまで届くようになる。


 自分がある種のトランス状態にあるのがわかった。

 あの事件のときと同じ……いや、それ以上・・・・の感覚。


 アマゾンの奥地にて部族が使っていた、もっとも”原始”に近い言語を理解したせいだろうか?

 今の俺ならできる気がした。


 俺は自らの意思でさらに深い場所へと潜っていった。

 あるいは……それは逆に、意識がこの場所ではないどこかへと”浮遊”していくような感覚でもあって……。


 前世、前々世……前々々々々々世……。

 ずっと遠い過去の、これまでの無数の人生を俺の意識は『追体験リライブ』していった。


 そうして次に俺が口を開いたとき、そこから零れたのはあのときの言語だった。

 すなわち”世界共通語リンガフランカ”。


 みんなに言葉が届く。みんなに言葉が通じる。

 心が……伝わる。



 ――声が、聞こえた。



「すごい、これ……間違いない、あのときと一緒だ」


【知らないはずの言葉なのに、どこか知っているような……】


<どうして、彼女の言葉はオレたちに理解できるんだろう?>


〖なぜ涙が溢れてきて止まらないんだろう?〗


《あぁ、主よ……彼女はまるで天使のようだ。いや……ちがう。そうじゃない。彼女は今、まさに……》



《――”本物の天使”になろうとしているのだ……!》



 コメント欄じゃなかった。

 世界中の自宅で、映画館で、あるいはどこかで……このライブを観ている人たちのが聞こえた。


 彼らの悩みがわかった。

 彼らの悲しみがわかった。

 彼らの苦しみがわかった。


 彼らの――望みがわかった。


 彼らに俺の声が届き、想いが伝わるように……。

 彼らの『心の声』もまた、俺へと伝わってきていた。



 俺のイロハとしての人生が――終わろうとしていた。

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