第417話『いつかまた会える日を』


 俺の目の前に伝説のVTuberが立っていた。

 涙が溢れてきて止まらない……。



「――びえぇえええ~んっ!? 伝説の推しの顔まで直接見ちゃったぁあああ~~~~っ!?」



「えぇーっ!? うれし泣きしてくれるかと思ったら、逆の意味で泣かれちゃったんですケドぉーっ!?」


 俺は今、きっと世界一不幸なファンにちがいない……。

 もちろん、贅沢な悩みだってのはわかってる。


 それでも……たった1日でこんなにもそのポリシーをズタボロにされてしまったのだ!

 あぁっ、あの子もその子もこの子も……今後、どんな顔で彼女らの配信を見ればいいんだー!?


「ちょっとスタッフさぁーん!? アネゴさぁーん!? 話がちがうんですケドぉーっ!?」


「あ、大丈夫大丈夫ー。イロハちゃんならなんだかんだ、立ち直ってよろこんでくれるから」


「えぇ―? 本当にそうなんですかぁ~?」


 あー姉ぇとの会話が聞こえてくる。

 おいコラ、ちょっと俺のこと雑に扱いすぎでは???


「えぇーっと、じゃあ改めて……その、イロハちゃん。……元気ぃ?」


「おひょぉおおお! おおお、推しが! わたしの推しがお声をかけてくださってるぅううう!」


「あっ、大丈夫そう」


「姉ぇ~? 言ったでしょ~!」


 あー姉ぇを視界と意識から追い出しつつ、俺は改めて”彼女”と向き合った。

 しかし、本当に驚いた……。


「あの、今日はどうしてここに? スリープ中だったはずじゃ?」


「あれあれ~? イロハちゃん、私の大ファンなのに知らないんですか~? モグリですね~これは」


「すいません、本当にわからなくて。ここ数ヶ月、すべての情報の更新が止まってしまっているので」


「あー、そっかそっかー。じゃあ仕方ないかー。せっかくあれだけ伏線を張っておいたのにな~」


「伏線ですか……?」


「じつは私のこのライブ出演はステマされてたのですよー。えっへん!」


「そ、そんなことが!?」


 うわぁー、なにそれ!? 絶対に見たかったー!?

 というか、俺が普段どおりに生活できていたら絶対に気づけていたはずだ。


「ちなみにその内容って?」


「イロハちゃんは知ってる? 『理想の箱を作ろう!』っていうソーシャルゲームがあるんだけどぉ~」


「もちろん知ってます!」


「そっかそっか、ていうか、そういえば宣伝配信とか赤スパ配信とかしてたもんね~」


「赤スパ配信じゃなくて、ガチャ配信の間違いですね!?」


 決して、あんなにも赤スパを投げてもらう予定ではなかった。

 あれほど恐ろしい配信は後にも先にもない……。


「その中で、今回の『国際イベント』ピックアップ――限定コラボガチャが実施されてたの知ってるよね? イロハちゃんも実装されたやつ」


「はい。といっても、ガチャが実装されたころには、わたしはいろいろあって……プレイできない状況になっちゃってましたけれど」


「そっかー。いやー、もったいないなー。本当にもったいないなー」


「ぬぐぐぐ……」


 今思い出しても悔しさが。

 あんぐおーぐたちが、俺が収録する脇でみんなでわいわいプレイしてたんだよなー。


 母親もインストールして、ガチャを引きはじめたりして。

 俺もこのライブが終わったら必ずガチャを回す……って、あれ?


「そういえば……宣伝配信をしたとき、コラボガチャにシークレットが実装されるって話があったような? テストプレイの段階ではまだ排出されないようになってましたけど……って、まさか!?」


「そう! じつは……そのガチャのシークレットで、私が出てたんだよー!」


「なぁんだってぇえええ!?」


 そそそ、そんなの欲しすぎる!?

 というか、なるほど……そういうことか!?


「『VTuber国際イベント』にシークレットで出現する……まさに、今の状況じゃないですか!?」


「大正解~っ!」


 オヤビンが登場したときの、会場のどよめきについても納得する。

 あれは「本当だったんだ!」という意味だったのだろう。


 彼女は活動自体は無期限休止していたが、もともとこういう企画などへの参加だけは続いていた。

 すこし前も彼女が原作のアニメが地上波で2期まで放送されたばかり。


 だから、今回もそういう――あくまで企画参加なのか、それともちがう意味・・・・・なのか。

 観客はずっとやきもきしていたにちがいない!



「言ったでしょ? あのとき・・・・に――また会える、って」



「~~~~っ!」


「おっと、そろそろ時間だ。じゃあ、改めて――これから・・・・よろしくね」


 言って、オヤビンは決められたポジションに立つ。

 曲が終わり、舞台が暗転……中央に立つ彼女がライトアップされた。


「みんな、ただいま。今、世界はVTuberを中心に大きく変化しようとしていますね。そのさらに真ん中にいるのが……私のとなりにいる小さな女の子だと思います」


「……っ」


 オヤビンが俺のほうを手で示す。

 それから彼女は俺が、何年も待ち続けた――ずっと聞きたかった言葉をくれた。


「私はこれから――活動を再開します。そして、VTuberの声をすこしでも遠くまで届けるお手伝いができればいいな……また、みんなと一緒にいろんなことを楽しめればいいな、と思っていますっ!」


「う、ううぅ~~~~っ! オヤビンぅ~~~~っ!」


>>うおぉおおお!! おかえり!!!!

>>戻って来てくれてありがとう!!(米)

>>彼女は永遠だ! また一緒に楽しいことをいっぱいしよう!(韓)


 そうして、彼女たちは手を振りながら舞台を去っていく。

 その背を見ながら、今さら気づいた。


 出会いと別れが人生だと思っていた。

 けれど、ときには”再会”することだってあるのだ。


 俺もこのライブが終わったら、もう一度会いたい人、会わなくちゃいけない人がたくさんいるな……。

 いろんな人のが、表情・・が――頭に浮かんでいた。


「それではみなさん、大変名残惜しいですが……いよいよお別れのときが近づいてきました」


>>イヤだ!(宇)

>>終わらないで!(露)

>>永遠に続いてくれ!(英)


「始まりがあれば、終わりもいつかくるもの――次が最後の曲になります」


 VTuber国際ライブもいよいよ大詰めを迎えていた。

 そして、ここからが俺にとっての正念場。


 ――生ライブだ。

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