第197話『ワイルド・スピード』

 そこからは早かった。

 俺はバンバンと正解を積み重ねていった。


「これはデンマーク語でしょ。こっちはスウェーデン語。そんでもってこれがノルウェー語」


>>全部、同じにしか見えんのだが

>>これって英語じゃないの?

>>アルファベットと、どこがちがうんだ


 なんというか、もはや言語チートの暴力だった。

 正直、間違える気がしない。


「あはは、同じゲルマン語派だからね。どれもアルファベットではあるんだけど……ほら、たとえばこれ。「A」の上に丸のついた文字があるでしょ?」


>>あ~、言われてみると?

>>今の3ヶ国語めっちゃ似てるのに、なんでそんなすぐ判別できるんだwww

>>そのあたりの文字を見分けるの、オレでも難しいんだが?


「似てるように見えても、どれもちがう言語だからね」


 ストリートビューの撮影は基本的に車で行われている。

 つまり道路に沿っている。


 そして道路に沿っているということは、ほとんどの場合は標識があり……。

 標識があるということは、文字がある。


 そう、エラそうに講釈を垂れた直後、想定外の事態が起こる。

 あるいは、あー姉ぇはこうなることを直感的に見越していたのかもしれない。


「よし、じゃあ次の問題だね。おっ、さっそく標識発見。いや~、もう言語がわかっちゃったなぁ。これはまた、すぐに正解が……あ、当てられないっ!?」


>>えっ? 言語特定したならあとは簡単じゃないのか?

>>なるほど、この言語は(米)

>>ようやくイロハちゃんがつまづいてくれてホッとしてる


「いやね、言語はわかるんだよ? これはスペイン語だね。ただ、スペイン語って使われてる国が多すぎるんだよ。全部で20か国くらいあるんじゃなかったっけ?」


 さすがにこれじゃあ特定が難しいので、追加であたりを探索する。

 そして、俺は決定的なヒントを発見した。


 だが……それでも、答えられない!

 純粋に、答えがわからないんだが!?


「えーっと、この国旗・・どこのだっけ!? 見覚えはすごくあるんだけど!」


>>文字で判別できないと途端によわよわで草

>>これなら俺でもわかる! イロハに勝った!

>>なんでさっきまでのがわかって、これがわからないんだwww(韓)


「うっ!?」


 さすがに反論できなかった。

 あれー!? めちゃくちゃ余裕だと思ってたんだが。


 純粋なド忘れだな、これは。

 それに中学受験で覚える必要のある国旗って、ごく一部だけだったし。


「めっちゃフランスの国旗にそっくりなんだけど、間違いなくフランスではないことだけはわかる。だってフランス語じゃないから! あーもう、わかんない! とりあえず、ここで……『グエス』!」


 諦めて、適当にスペイン語圏の国を選んでクリックする。

 正解は……。


「うわっ、そうだメキシコじゃん! 完全にやらかした。アメリカ生活はじめてから、おーぐと一緒に散々タコスやナチョスを食べたのに。メキシコのみんなごめん!」


>>これは親善大使、失格だなwww

>>ちゃんと勉強し直してもろて

>>ええよええよ、許したるわ(墨)


 アメリカで安くておいしくて、それで珍しく野菜も取れるのがメキシコ料理だ。

 まぁ、正確にいえばそれらは”テクス・メクス”――メキシコ風アメリカ料理らしいが。


「まさか、正解がお隣さんだったとは」


 メキシコはアメリカに接している。

 アメリカでもっとも多い外国人もダントツでメキシコ人だ。


 ただし、移民が多すぎることで問題も起こりがちだけど。

 年間、数十万~数百万人の人が不法に国境を越えて”拘束”されている。


 と、いうと恐ろしく聞こえるかもしれないが、牢屋に入れられるわけではない。

 大半がアメリカへの亡命を希望し、半ば保護されることになるからだ。


 しかし、国を渡ってきたからといって、うまく職が見つかって働けるようになるとはかぎらない。

 結果、治安が悪化してしまうことも……。


「……」


 すこしだけ強盗犯のことが頭をチラついた。

 今ごろ、彼は刑務所でVTuberの配信を見ているんだろうか?


 移民の理由は多岐に渡るが、”国への不信”や”金銭的な都合”で渡ってくる人も多い。

 まだまだ、全人類が安心してVTuberの配信を見られる未来は遠い。


 親善大使の任を引き受けた以上、俺もできるかぎりのことはするつもりだ。

 そう、できるかぎり……VTuberを布教しないと!


「よし、じゃあ次の問題にいこう!」


 俺は気合を入れ直し、次々と問題に挑戦していく。

 正答率は……ぶっちゃけ、ほとんど文字が見つかるかどうか次第だった。


 あとは文字を見つけても、いろんな事情で判別が難しいことも。

 たとえば……。


「うっ、英語!? これも使われている国が多すぎるんだよね。あっ、でも左側通行だこれ! じゃあイギリスで決まり! 『グエス』……って、うえぇ!? オーストラリアも左側通行なの!?」


 単語じゃなくて文章だったら、もうちょっと判別できるのだが……。

 たとえば、さすがの俺も『apple』だけでイギリス英語とアメリカ英語を見分けるのはムリだからな。


「え、えーっと、じゃあ次! って、また英語ぉ!? しかも、標識はひとつだけ」


 そこには『SPEED LIMIT 60』の文字。

 60キロの速度制限、だろうか? こんなだだっ広い道のわりには、なかなか厳しい気はするが……。


「いったい、どこの国だろうこれ?」


 またしてもの難題に、俺は唸った。

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