第145話『18禁コーナー』

 ファンに身バレしたかと思った。

 そう心労で膝を着いていると、ブルブルとあんぐおーぐのスマホが震えた。


「……ア~」


 あんぐおーぐは困ったような笑みを浮かべ、小さく手を振っている。

 視線の先を追うと、スーツ姿の女性が陰から俺たちのほうを見ていた。


「そうか、シークレットサービス。今の一連のやり取りも全部見られてたんだな」


「マぁ、そのうち慣れるから気にするナ」


「ん? わたしはべつに見られてても平気だけど?」


 俺は首を傾げた。

 べつになにか恥ずかしいことをしているわけでもない。


「ハハッ、オマエはそういうヤツだったナ」


「ほら、おーぐこそ気にしないで次に行こ? ここだと、またファンとニアミスしかねないし」


「ちょっト、そんな引っ張るナ!」


 俺はあんぐおーぐの手を半ば強引に取って、歩き出した。

 その目的地は……。


   *  *  *


「ナぁ、イロハ。なんだかこの辺、空気がおかしくないカ?」


「気のせいじゃない?」


「イヤイヤ、絶対おかしいだロ! なんか全体的にピンク色というカ、肌色というカ!? ココ、ワタシたちがいても大丈夫な場所なのカ!?」


「あ~、大丈夫大丈夫。ただの成人向け同人誌コーナーだから」


「全然、ダメじゃねぇカ~~~~!?」


 あんぐおーぐが顔を真っ赤にして、俺の頭をガクガクと揺らした。

 おいバカ、そんなことしたら目立つだろうが。


「どうしてくれるんだイロハ! このことがシークレットサービス経由でママに報告されたら……!」


「あっはっは。べつに恥ずかしいことをしてるでもなし。おーぐだって『慣れる』って言ってたじゃん」


「恥ずかしいガ!? というかオマエこそ気にしロ! 未成年だろーガ!?」


「……さ~て。お目当ての品はどこかな~?」


「オイ、誤魔化すナ!」


 あんぐおーぐが俺の服を掴んで、離さない。

 18禁コーナーから連れ出さんと、ぐいぐい引っ張ってくる。


「ちょ、服が伸びるから。それにそんな心配しなくたって、わたしが買うのはVTuberの同人誌だよ?」


「そうカ、それなら安心……ってなるわけあるカぁあああ! なんで今のが通じると思っタ!? むしロ、知り合いだからこそ余計に恥ずかしいだロ!? 次に本人と会ったとキ、気まずくなったらどうしてくれル!?」


「えぇ~? おーぐはワガママだな~。中学生男子じゃあるまいし」


「なんでワタシが悪イ、みたいになってるんダ!?」


 俺は嘆息した。

 仕方ない、こうなったら……。


「じゃあ、わたしは商品探して来るから、おーぐは待ってて。あとで代わりに会計してくれるだけでいいから」


「それならよ……くなイ!? さらっとワタシに買わせようとするナ!?」


「チッ、バレたか」


 当然だが、未成年では成人向け商品を買うことはできない。

 とくに、こういうアニメショップではきちんと身分証まで提示も求められる。


 ぶっちゃけお酒やタバコを買うのよりも、よっぽど厳しくチェックされている。

 それ取り締まるべきなの逆なんじゃ……いや、この話はこれくらいにしておこうか。


「はぁ~、わかったよ。おーぐが買った同人誌を、うっかりわたしが拾っちゃうって予定だったんだけど、仕方ない。これは本棚に戻しておくよ」


「いつの間に取ってきてたんダ!? はやく片付けてくレ!」


 あんぐおーぐはなるべく、俺が持っている本を見ないようにしながら答えた。

 そんなに『イケナイもの』みたく扱われるとちょっと悲しい。


「せっかくファンの人たちが推しのために作ってくれたものだし、なるべく目を通したいと思っただけなんだけどね」


「エ? そウ、だったのカ? じゃあイロハは自分のファンが書いてくれた同人誌ヲ……っテ、ちがぁあああウ!? 持ってるのワタシの同人誌じゃないカぁあああ!?」


「え? うん。だって”あんぐおーぐ”はわたしのイチ推しだし」


「さっきの言い訳はどこいっタ!? ファンレターを見る感覚、って話じゃなかったのカ!?」


「だから、同担のファンが……」


「そういう意味かヨ! というカ、そノ……イロハはワタシのそういうヤツ、見たいのカ?」


 まったく、あんぐおーぐはなにを聞いているのだろうか?

 そんなもの……。


「見たいに決まってるじゃないか!」


「~~~~っ!」


 あんぐおーぐの顔が一層に赤く染まった。

 なぜか興奮したように手足をバタバタとさせている。


「じゃア、ワタシとそういうコト・・・・・・をしたいのカ!?」


「いや、それはまったく」


「なんでだヨ!? うぅっ、またリアルがフィクションに負けてル」


 あんぐおーぐはフラフラと崩れ落ちた。

 そのまま、うなだれて無言になってしまう。


「まぁ、でも本当にムリして買う必要はないからね? わたしは自分の”好き”をだれかに押しつけるつもりはないから。それはマナー違反だから」


 自分が好きなものを相手にも好きになって欲しい。そんな思いを持つのは普通だ。

 しかし、好きの『押し売り』と『布教』の間には絶対的な差が存在する。


 昔、エロい人は言いました。

 沼に突き落としたら犯罪。けど、沼のそばを案内している最中に、相手がうっかり足を踏み外しちゃってもそれは事故だよね! と。


「だから、おーぐ……。あの~、おーぐ?」


「ヘっ!? な、なななんだっテ!? スマン、全然聞いてなかっタ!?」


「今、いい話してたのに!? というか、なんか挙動不審じゃない?」


「ききき気のせいだと思うゾ!?」


「それ、後ろ手になに持ってるの?」


「!?!?!? な、なにも持ってないゾ! それよりもワタシはちょっと用事を思い出したかラ、ここからはべつ行動しよウ! 5分で戻ってくるかラ! それじゃあナ!」


「あっ、オイ!? ……まったく」


 あんぐおーぐはそのまま早歩きで去って行った。

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