第144話『等身大パネル』

「い、一緒に住むっテ……イロハ、本気カ!?」


「なんでおーぐが驚いてるのさ? そっちから誘ってきたんでしょ」


「イヤ、でもイロハだゾ!? 普段、むしろワタシとは距離を取りたがるかラ」


「あ~」


 本音をいえば、俺も推しとひとつ屋根の下ってのはライン越えに近い。

 でも、相手はあんぐおーぐだしなぁ。


 正直、すでに経験しているし今さらというのが半分。

 そして、もう半分が……。


「あのね、忘れてるかもしれないけど、じつはわたし未成年なんだよね」


「??? 今さらなにを言ってるんダ? そんなこと知ってるガ?」


「うん。だよね。ところで、未成年がひとりで家を借りられるわけないじゃん」


「たっ、たしかニ!?」


 だから、あんぐおーぐの言った「ウィンウィン」というのは本当にそのとおりなのだ。

 では、彼女からの提案がなければどうするつもりだったのかというと、知り合いの世話になる予定だった。


 具体的には英語担任のご家族だ。

 担任が「帰省のついで」といったのは、そういう意味もある。


 彼の実家が留学先の近くなのだ。

 ただ、普通にホームステイするだけだと、どうしても配信の環境としては足りない部分があり……。


「だから、おーぐが家を借りて、そこにわたしも住まわせてくれるなら本当に助かるんだよね」


「ムフーっ! そ、そういうことなら仕方ないナ~! イロハがそこまで言うなラ、一緒に住んでやるカ!」


「うえぇえええぇ~!? ほ、本気なのぉ~、イロハちゃん!?」


 マイに「考え直してぇ~」と泣きつかれるが、もう決めた。

 あーでも、自己暗示をかけておかないと。


「一緒に住むのは推しじゃない。ただの友だち、ただの友だち……」


「ブツブツ呟かれるト、ちょっと怖いんだガ」


「よし!」


 パンっ、とあー姉ぇが手を叩いた。

 自然と注目が集まった。


「引っ越しに関する詳しい話はあとで、ふたりきりのときにやってもらうとして。せっかくおーぐが来てるんだから、みんなで遊びに行こっ!」


 そう音頭を取ってくれる。

 たしかに、ずっと俺の部屋でおしゃべりってのもな。


「とりあえず、さっき言ってたアニメ系のショップでいい~?」


「もちろんダ!」


 そうして俺たちは立ち上がった。

 さぁ、VTuberのグッズを買い漁るぞ~!


「待ってぇ~! まだ話は終わってないよぉ~!? イロハちゃん、マイはまだ同棲なんて認めて……え、ちょっとぉ~! ムシしないでぇ~! マイを置いて行こうとしないでぇ~!?」


   *  *  *


 そんなこんなで俺たちは連れたって、アニメショップが立ち並ぶ通りに繰り出した。

 ここに来ると、実家に帰ってきたような安心感がある。


「イロハ、イロハっ。ほラ、あそコ! オマエの等身大パネルがあるゾ!」


「そんなにはしゃがなくたって、知ってるって。ちなみに、あっちの店内にふたりの事務所の……おーぐやあー姉ぇたちのパネルが並んでるコーナーがあるよ」


「よシっ、あとで見に行こウ。とりあえずここで写真を撮ってくレ!」


 あんぐおーぐがタタタッと走って行って、”翻訳少女イロハ”の等身大パネルに抱き着くようなポーズを取る。

 俺は呆れつつも、自分のスマートフォンで写真を撮ってやる。


「どうダ? うまく撮れたカ!?」


 すぐに駆け寄ってきて、画面をのぞき込んでくる。

 無邪気だな~、と笑ってしまう。けど、推しのパネルにテンションが上がるのはめっちゃわかる。


「あとでワタシにも送ってくレ。よし次ハ……あレ? アネゴたちどこに行ったんダ?」


「あぁ、ほら。あそこ」


 俺が指し示した先では、あー姉ぇがキャッチのメイドさんと談笑していた。

 いや……あれは談笑、なのか?


 盛り上がりすぎて、メイドさんがお腹を抱えて大爆笑している。

 あいかわらず、どんなコミュ力してんだ。


「そうなんですよ! それでお店ではいつも……あっ、そうだ! お店に予備の衣装があるので、よかったら着ていってください! ほら、そちらのお嬢さまも一緒に!」


「えっ!? いや、マイはちょっと遠慮をぉ~」


「行くよマイ! お店どーっちどっち?」


「あ、逆です! お嬢さまおふたり、ご案内しま~す!」


「いぃ~やぁ~! 助けてぇ~!」


 会話に巻き込まれマイは、悲鳴を上げながら雑踏の向こうへと消えていった。

 彼女は犠牲になったのだ……。


「マイが”めいど”に連れていかれタ」


「それ、メイドの意味が変わってきてない?」


「……ア~、しばらくかかりそうだシ、ワタシたちだけで先に行くカ。え~っト」


 あんぐおーぐがスマートフォンでお店を検索しはじめた、そのとき。

 背後から大きな声が響いた。



「――”翻訳少女イロハ”だ~~~~っ!!」



「「っ!」」


 俺とあんぐおーぐは揃ってビクゥッ! と肩を震わせた。

 背後から足音が近づいて来る。


 ま、マズい……!?

 俺たちは身を固くして――そのまま、その人物は俺たちのすぐ横を通り過ぎていった。


「ほら、こっち来てください! イロハちゃんさんのパネル! わたくし見たかったんですよこれ!」


「ちょっと、はしゃぎすぎじゃない? 声落としなよ」


「ほんま、ちょっとうるさいって」


 女子高生だろうか? 制服の3人組がパネルの前で談笑しはじめる。

 俺とあんぐおーぐは目くばせした。


「長居はマズい。退散しよう」


「同感ダ」


 俺たちは短くやり取りして、そろりそろりと移動を開始した。

 しかし、回り込まれてしまった!


「あの~」


 こ、今度こそバレたか!?

 俺は最後の悪あがきとして、声音を変えて応じた。


「ナ、ナンデショウカ?」


「写真、お願いすることってできますか?」


 あー! 完全にバレてるー!?

 俺と写真を撮りたいだなんて、本人バレ以外ありえな……。


「はい、これ。撮影ボタンはここなので。じゃ、お願いします」


 俺はスマートフォンを渡された。

 言われるがままにシャッターを切った。


「ハイ、チーズ」


 女子高生たちが、俺のパネルを挟んでポーズを取っているのを写真に収める。

 いったい俺は、今なにをしているんだ……?


「わ~! ありがとうございます~!」


 女子高生たちはそのまま、わいわいとはしゃぎながら去って行った。

 俺は心労でその場に崩れ落ちた。


「イロハ、ドンマイ」


 俺の肩をポンと叩いて、そうあんぐおーぐは慰めた。

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