第390話『アマゾン生活の終わり』
現地民のみんなが、世界を救った”あの歌”を口ずさんでいた。
しばらくして歌い終わり、静寂が訪れる。
俺は震える声で彼らに尋ねた。
’あの、今の曲……みなさん、どうしてご存じなんですか?’
’この曲か? オレたちはこれを『良い人』から教わった’
’あぁ、あれは良い人だった’
’そうだ、そうだ’
彼らが口々に言う。
はじめて聞く人物の登場に俺は困惑した。
’その良い人というのは?’
’よくわからんが、オレたちの言葉に興味があるとかで、この集落にやってきていた男だ’
’……えっ!?’
どういうことだ!?
ここに俺以外の人間が来たことがあるのか!?
いや、思えば彼らははじめから、外部の人間である俺に対して寛容だった。
それはもちろん、彼らの文化も背景にあると思う。
だが、一番の理由はすでに経験済みだったから、なのでは?
外部の人間というものを知っていたから、なのでは?
’オレたちはあいつにここでの生活のことを教えてやった。あいつはオレたちにいろんなものをくれた’
’いらないものも多かったが、鍋はいいものだった’
’あとは斧もだ’
言われてみるとこの村にちらほらとある鉄製品……。
てっきり川上から流れてきたのだと思っていたが、にしては錆びていない。
それに「銃は危険だから」と集落の老人たちが捨てたという。
だが、なぜそれが危険だと知っていたんだ?
決まっている。
見たことがあったからだ。
ここに来る際、フィールド言語学者が……あるいは、その案内役が。
護身用に持ってきていたのだろう。
それから船もそうだ。
この村には船がないのに、彼らはその単語を知っていた。
’あぁでも、一番よかったのは腕時計だな’
’そうだな。良い人が祖父からもらったものだそうだが、友好の証にと譲ってくれたんだ’
’……ん?’
その言葉になにか引っかかりを覚えた。
だが、答えに辿りつくヒマもなく話題は次々と移っていってしまった。
’そういえば、その良い人は私たちの生活や文化、植物にも興味を持っていたな。
’私たちが船を持っていないことに驚き、作りかたを教えようとしたり’
’そういえば娘もそうだったな。外から来る人は教えたがりなのか?’
’いえ、とくにそういうわけでもないんですが’
しかし、言われて気づく。
考えてみると、船を持たない彼らが船について知っていたのもおかしかったんだ。
だれかが……その『良い人』なる存在が彼らに教えたのだ。
そして、その人物とは――”フィールド言語学者”である可能性が高い。
この世界にはまだまだ解明されてない言語がある。
調べる人が少ない上に、現在進行形で次々と生まれては消えていくからだ。
科学の進んだ現代では、多くの謎が解き明かされてしまっている。
そんな中、まだまだたくさんのお宝が眠っている分野。
彼らこそが現代の――冒険者だ!
しかし、まさかこんなところまで来た人物がいたとは。
’あの、その人が来たのっていつですか!?’
’さぁ?’
あぁっ、しまった!?
そうだった!
彼らには時間の概念がない。
だから、具体的な時期なんてわかりっこない。
しかし、この曲を知っているということはやってきたのはここ2年以内だ。
つまりはごく最近のこと。
’あの、その人がまた来ることってありますか!?’
’そういえばまた近いうちに来ると言っていたな’
’……っ! やった、やった!’
それが何日後か、何ヶ月後かはわからない。
だが確実に帰れるという保険はできた。
「あぁ、みんなっ……みんなっ……」
VTuberはいったいどれだけ俺のことを助けてくれるんだろう?
ポロポロと涙が溢れてきて止まらない。
もはや充電切れマークが表示されているだけのそれ。
交通系の電子マネーだけはこの状態でも使えるが、この状況ではなんの意味もない。
それでも、もう2度とこれを捨てようなんて思わなかった。
まるで祈るみたいに両手でそれを握り、うずくまる。
俺はこんなにもたくさんの恩を、どうやったらVTuberたちに返せるのか。
推したちに返せるのだろうか……。
* * *
《そう、そっか……そっか。よかった、本当によかった》
情報共有するとシークレットサービスの女性がそう言って涙を流していた。
予想以上の反応に驚く。
《まぁ、帰れる保険がひとつ増えたってだけですけれどね》
《……ごめんなさい、イロハちゃん。ちがうの、ちがうのよ》
《えっ?》
《本当は全部ウソだったの》
彼女は罪を告白するように言った。
なんの話か分からずに首を傾げる。
《GPSの話……向こうから監視してくれているはずだから大丈夫って言ったでしょ?》
《は、はい》
《アタシ、本当は知らないの。そんなことができるのか、その知識がアタシにはない》
《えぇっ!?》
じゃあ、なんだ?
つまり衛星通信が一瞬繋がっただけじゃ、助けが来てくれるかはまだ不明だったということか?
《どうしてそんなウソを》
《それは……》
言いよどむシークレットサービスの女性を見て理解してしまう。
そうか。
《わたしのため、ですね》
シークレットサービスの女性は静かにコクリと頷いた。
どうやら俺は、彼女にずいぶんと背負わせてしまっていたらしい。
これはすべて俺がひとりで行ってしまわないようにするため。
村で待っていれば、いつかは助けが来ると思わせるため。
《ありがとうございました。それとすいませんでした》
《アタシのほうこそ》
俺たちはもう大丈夫だ。
そう思った、そのときだった。
’――娘ぇえええ! 逃げろぉおおおッ!’
外からそんな叫び声が聞こえた。
と同時に無数の発砲音が森に響いた――。
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