第391話『身中の虫』


 集落に銃声が響いていた。

 い、いったいなんだ!?


 シークレットサービスの女性も剣呑な表情になっている。

 俺が恐怖と驚愕で動けずにいると、外から現地民が使っているのとはべつの言語が聞こえてきた。


〖隊長、これを!〗


〖ふむ、カバンか。中身は……そうか、どうやらここにいたのは間違いないようだな。ほかの家の中も急いで確認しろ! 絶対に逃がすな!〗


〖そこのお前、動くな! この女を知っているな? どこだ?〗


’ひっ!? わからない! なにを言っているか私には理解できない!’


〖チッ、言葉が通じんというのはじつに面倒だな。発砲して見せたことで、銃の脅威は……彼我の戦力差や、抵抗すればどうなるかは理解してくれただろうが〗


 彼らが話しているのは――ロシア語だった。

 チラリと家の壁……枝の隙間から彼らの姿が見えていた。


 みんな、一様に銃を携えていた。

 軍服こそ纏っていないが、あきらかに統率の取れた――訓練された者たちの動き。


 彼らは現地民に写真を見せながら、その居場所を問うていた。

 そこに写っているのは、言うまでもなく……。


’娘、なにしてる! やつら、こっちに近づいてきてるぞ! すぐに逃げるぞ! ついて来い!’


’か、彼女も一緒にっ!’


 腕を引っ張られるが、俺は抵抗した。

 シークレットサービスの女性をこんな状況で置いていけない!


 幸い、さっきのは銃声は脅しだったようで、まだだれかが撃たれたわけではない様子。

 けれど、ヤツらはあきらかに攻撃的だった。


 もし彼らに捕まれば、その後どうなるかなど想像に難くない。

 きっと、俺の居場所を聞き出すために彼らは……。


’彼女を連れて行くのは……いや、わかった。私が肩を貸そう’


 現地民は一瞬、言いよどみ……しかし、すぐに彼女へと駆け寄った。

 わかってる。連れていけば逃げ足が遅くなると言いたいのだろう。


 それでも、俺には一緒に行く以外の選択肢はない。

 最悪、彼女と一緒に死ぬ覚悟はとっくに――この集落へと来る前に済ませている。


 俺たちはそのまま家の反対側から抜け出し、森へと入っていった。

 すると、前方から小さく声が聞こえてくる。


’お姉ちゃん、こっち! こっち!’


 そこには何人かの現地民が集まっていた。

 運よく逃げ出せたり、あるいはたまたま集落にいなかった人たちだろう。


’娘、彼らはいったいなんなんだ?’


’わかりません。けど、おそらく敵だと思います。わたしが乗っていた「飛行機」を……”大きな鳥”を落とした人たちの、仲間である可能性が高いです’


 現地民のみんなの表情は恐怖に染まっていた。

 子どものひとりが不安そうにギュッと俺の、服の裾を掴んできていた。


’……ごめんなさい。私のせいです。みなさんを巻き込んでしまいました’


 罪悪感で胸が張り裂けそうだった。

 彼らは俺たちの命を救ってくれた。


 なのに、恩を仇で返すような形になってしまった。

 しかし、そんな言葉にむしろ現地民は怒ったように言葉を返してくる。


’なにを言っている! 家族を守るのは当然だ! 悪いのはキミではなく、彼らだ!’


’……っ! ありがとうございます’


’いつまでも同じ場所に留まっていては危険だな。ここから移動する。みんなついて来い’


 現地民のひとりに先導されながら、俺たちは森の奥へと進む。

 俺は最悪の場合について考えていた。


 もしも次、彼らに見つかりそうになったらそのときは自分が囮になろう、と。

 彼らが捜しているのは俺だけのようだ。


 逆にいえば、シークレットサービスの女性は彼らにとってどうでもよいのだろう。

 ならば……。


《イロハちゃん、ダメよ》


《えっ?》


 シークレットサービスの女性がまっすぐに俺を見ていた。

 その目は、まるで俺の心まで見透かしているかのよう。


《護衛だけが助かるだなんて、そんなのシークレットサービスの名折れよ。それに、イロハちゃん……あなたにも帰りを待っている人がたくさんいるでしょ?》


 言われて、ハッとした。

 そうだ、彼らがここに来たということは……逆にいえば、ここさえ乗り越えれば帰れるのだ。


 俺はポケットの中に手を入れて、そこにあるものをギュッと握りしめた。

 それは彼女に渡すために用意した指輪のケースだった。


《それより、どうして彼らはアタシたちの居場所がわかったのかしら》


《GPS、ではないんですか?》


 シークレットサービスの女性はウソだったと語ったが、本当に追跡されていたのだとしたら?

 この状況にも納得がいく気がするのだが……。


《いえ、だとしたら最初に来るべきはアメリカの部隊や救助隊のはずよ。けれど、彼らはそれよりも先に到着した。……イロハちゃん、彼らが話していたのはロシア語で間違いないわよね?》


《はい。ということはもしかして、向こうでだれかが情報を横流しした? あるいは……》



《――べつの情報源があった》



 俺は彼女の言葉に「ハッ」としてあたりを見渡した。

 震える声で、呟くように言葉をこぼす。


《……そうだ、ナイフ》


《え?》


《川にナイフが流れ着いていたんです。けれど、川のずっと上流に住んでいるほかの部族が落としたにしては……長い距離を流れてきたにしてはやけにきれいで》


 もしかして――だれかがずっと、俺たちをすぐそばから監視していた?

 しかも、ナイフの種類を考えると軍人?


 だけど、もしそうだとしたらなんでこんな回りくどいことを?

 そして、なぜ今さら・・・動いたんだ――!?

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