第392話『きれいな花には毒がある』
もし、俺たちをずっと監視していた者がいたとしたら、なぜ今さらになって動いたんだ?
俺みたいなか弱い女の子ひとり、いつでも簡単に始末なり誘拐なりできたはずだ。
《もしかして、相手もわたしたちと同じように遭難していたのでしょうか?》
《いえ、それはないんじゃないかしら。ここに人を呼べたということは、外部への連絡手段も持っていたということだし》
《ですよね……》
《わからないことはまだあるわ。その人物が、いったいどうやってアタシたちの動きを監視していたのか?》
《盗聴器とか、でしょうか?》
《なくはないけれど、こんな森の中じゃ電源もないし……充電も難しいでしょうね》
このあたりは木々で遮られ、日の光もほとんど差してこない。
ソーラーチャージャーも使えないだろう。
手回し発電機まで考えるとさすがにわからないが……。
どのみち、電子機器を使い続けるのが難しい環境であることには変わりない。
《となると、考えられる可能性は……》
そう考え込みかけたとき、にわかに列の前方のほうが騒がしくなる。
顔を上げると、そこには銃を持った男たちが待ち構えていた。
《――まさか、先回りされてた!?》
〖お前ら全員、動くな!〗
銃を持った男たちに、俺たちは徐々に包囲されていく。
その中のひとりが俺に気づき、声をあげる。
〖対象を発見!〗
〖よくやった。即座に拘束しろ〗
〖了解。よし、キサマ……大人しくしていろよ〗
「……っ」
男が俺へと近づいて、腕を伸ばしてくる。
しかし、そんな彼の前に……。
’こ、この子に手出しはさせない!’
’そ、そうだよ! お姉ちゃんにヒドイことしないで!’
’みんな……’
現地民のみんなが立ちふさがって、俺を守ろうとしてくれていた。
銃を持った男はイラ立ち混じりに舌打ちをする。
〖チッ、我々のジャマをするつもりか! どかないと言うなら……〗
’みんなありがとうっ……でも、わたしは大丈夫だから! どかないと、このままじゃみんながっ!’
’大丈夫だ、娘。
’え?’
〖キサマら、さっきからなにを話している? いい加減に……〗
’お前ら――ここに来る途中で、赤い花に触っただろう’
言われて、俺は「ハっ」とする。
この甘い匂いは……彼らの言語だ。
現地民の男が浮かべる不敵な笑み。
それになにかを感じ取ったのか、銃を持った男たちも訝し気な顔になっていた。
〖いったいなにを言っている?〗
彼らにはわからないだろう。
だが、俺たちには現地民の男の言ったことの意味が正確に理解できていた。
シークレットサービスの女性と、それを支えてくれている現地民と一緒にジリジリと後ずさった。
大事なのはタイミング。
そして、次の瞬間……。
〖――ギャァアアア!?〗
〖なっ、なにごとだ!?〗
銃を持った男のひとりが大きな悲鳴を上げていた。
いや、それは彼ひとりに留まらなかった。
〖痛ぇ!? 痛ぇ!?〗
〖チッ、なんだこいつらは!?〗
〖ひぃいいい! 刺された! なんだこの痛みは!? ま、まさか……毒か!?〗
〖こんのっ――
虫に襲われ、痛みであちこちから悲鳴があがっていた。
彼らは混乱に陥り、その統率は乱れていた。
実際にはめちゃくちゃ痛いだけで無毒なのだが……。
そんなこと当然、彼らは知る由もないだろう。
〖クソッ!? なんでオレたちだけに!?〗
それはもちろん、彼らが赤い花に触ったからだ。
刺激を受けるとそれは”
俺も亡くなった現地民の”彼”に「触るな」と怒られたっけ。
今までは、俺はあの花をジャマだとばかり思っていた。
見つけたら、うっかり触れないようにわざわざ遠回りしなくちゃいけなかったから。
けれど、まさかこんな形で助けられることになろうとは……。
’今のうちだ! 娘、走れぇえええ!’
’うんっ!’
包囲にあきらかな隙ができていた。
シークレットサービスの女性たちと一緒に、この場から逃げ出す。
〖なっ!? このっ、待て!〗
銃を持った男たちが慌てて追いかけようとしてくる。
しかし、現地民のみんながバリケードになるように彼らの前へと立ちふさがった。
〖どけいっ! ジャマだ!〗
’みんなっ!?’
’オレたちのことは気にするな! ここは任せてそのまま進めぇえええ!’
’……っ! ありがとうございます!’
道なき森の中を進む。
だが一度見つかった以上は時間の問題だ。
「いったいどうすれば!? このままじゃいずれ追いつかれる……!」
それまでになにか策を考えなければならない。
しかし、なにも思いつかない。
いや、そもそもこの状況を打開する手段なんてないのかも。
そう絶望に顔を歪めていると、シークレットサービスの女性が言った。
《――二手に分かれましょう》
《っ!? まさか、自分を犠牲にするつもりですか!?》
《そうじゃないわ。ただ……》
シークレットサービスの女性は悲し気に自分の足を見下ろしていた。
もしかしたら、彼女もすでに察しているのかもしれない。
それが自分の思いどおりに動くことは……おそらくもう二度とない、ということに――。
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