第30話『YOLO!』

「ってな感じで、今はクラスメイトみんなでうまくやってるよ」


 俺は『第2回ウクライナ語講座』のかたわら、雑談として学校での顛末を話していた。

 あまり勉強の話ばかりでも疲れるだろう。ちょっとした息抜きだ。


>>解決してよかった

>>大人でも覚えるの苦労するのに、小学生すげーな

>>じつはイロハちゃんも小学生なんやでwww


「まぁ、わたしは特殊だからねー。大人代表である先生には、もうちょっと早く対応してもらいたかったけど」


>>先生より先生してて草

>>教師も時間足りない中でがんばっとるんや

>>残業代も出ないしなー


「なるほど。そう言われると感謝こそすれ、非難できる道理はないかも」


 転校生が来るからって通常業務が減るわけじゃないだろう。

 そんな中、仕事の合間を縫って手製のプリント作ってきてくれたわけだ。


「あれ? 普通にいい先生じゃね?」


>>教師って大変やな

>>転校生の受け入れってほかにもいろいろやらなあかんやろうし

>>しかも今回の場合、かなり急な受け入れだったっぽい?


「わたし、子ども側の視点でしか物事を見てなかった。今度、先生に『ありがとう』くらい言っとくか」


>>それは子どものセリフじゃねぇ!www

>>卒業式以外で、そんなの言われたことないなぁ

>>えっ、卒業式ですら言われたことないんだけど


「とまぁ、ずいぶんと話が逸れちゃったけど、今、日本でウクライナ語を使える人が圧倒的に足りてないんだよね。だからみんなも覚えてくれるとうれしいな。そして一緒にウクライナ語圏VTuberの配信を見よう! ウクライナ語圏VTuberを増やそう!」


 ウクライナにも数は少ないがVTuberは存在する。

 俺も「せっかく覚えたんだから」と元を取るつもりで、最近はそっち方面のVTuberを見て回っていた。


>>草

>>結局そこかwww

>>ウクライナ語できるけど、この授業タメになるわ


「お、すでに使える人も見てくれてるのか! そういう人は、よかったら翻訳の仕事引き受けてあげて。今、日本用の教材をウクライナ語に翻訳したものを作ってるんだって。少ないけどきちんと謝礼も出るから」


>>へぇ~

>>これがあれば転校生ちゃんが助かるわけか

>>イロハちゃんありがとう、そんなものがあるとはじめて知りました(宇)


 転校生は通常の授業に加えて、日本語の勉強までしなくちゃいけない。

 そうすると、どうしても通常の授業のほうに遅れが出る。


 そこでウクライナ語版の日本用教材の出番だ。

 ウクライナ語版と元教材を見比べながら授業を受けることで、なるべく通常の授業に遅れが出ないようにしつつ、日本語も並行して学んでいける、という算段。


 実際にどれだけ効果が出るかはわからない。

 しかし、それによって俺の手が空いて、休み時間に配信を見られる時間が増えるなら万々歳だ。


 宣伝した理由はそれだけ。

 ほかに理由なんかない。ないったらない。決して特定のだれかのためではない。


「というわけで今日の講義はここまで。”おつかれーたー、ありげーたー”」


>>おつかれーたー

>>おつかれーたー

>>おつかれーたー


 配信枠を閉じ「ふぅ」と息を吐く。

 新学期のドタバタも収まり、ようやく生活が落ち着いてきた。


「……さて」


 そろそろ向き合わなければならないことがひとつある。

 俺はスマートフォンを手に取り、とある人物へと電話をかけた。


「もしもしあー姉ぇ? 明日ってさ、時間ある?」


   *  *  *


「お邪魔しまーす」


 俺は慣れた足取りであー姉ぇの部屋へと足を踏み入れた。

 あー姉ぇはいつもどおりのハイテンションで迎え入れてくれる。


「もー、どうしたのっ? イロハちゃんから電話なんて、珍しすぎてなにごとかと思っちゃったよ!」


 言われてみれば、たしかに。

 というか俺がイロハになって・・・からははじめてだ。


 いつだってあー姉ぇが引っ張っていく側で、俺は引っ張られる側だった。

 けれどいつまでもこのままじゃいけない。


「あー姉ぇにこれを受け取って欲しい」


「えーっと、なぜに通帳を?」


 そこにはVTuberとして得た収益が記帳されている。

 俺にはチャンネルの視聴者にも言っていなかった、ひとつ決めていた収益の使い道がある。

 それこそが借りを返すこと。


 あー姉ぇは俺がVTuberとしてデビューするためにいろいろと出資してくれた。

 元々は、俺があー姉ぇの配信に出演して稼いだ収益から出してるから気にしなくていい、と言われていた。

 しかし……。


「VTuberとしてはじめて収益を受け取ってわかったよ」


 たしかに当時、俺がきっかけでバズった。

 だがどう計算してみても、それらで得られた収益はあー姉ぇが出資してくれた額にまったく届いていない。

 というか、そもそもの話……。


「税金対策だなんだって言ってたけど、あれウソでしょ」


「あ~、バレちったか」


 あー姉ぇは観念したように舌を出した。

 やっぱりか。


「あ、でもまるっきりウソってわけじゃないよ! 多少、大げさに言っただけで。それと、やっぱり受け取れないかなー。これはイロハちゃんが稼いだお金だし」


 母親といい、あー姉ぇといい。

 俺の――わたしの周りの人間はどうしてこう、お金を受け取ろうとしないのか。


「……なんで」


「それはなにに対しての質問?」


「なんでわたしに出資したの? なんでわたしをVTuberとしてデビューさせようと思ったの?」


「そんなの単純明快だよ! あたしが”おもしろそう”って思ったから! ”もっと一緒に配信したい”って思ったから!」


 じつにあー姉ぇらしい理由だった。

 あー姉ぇはいつだって自分の欲望に忠実だ。


「あともうひとつ。心配だったから、かな?」


「心配?」


 だから最後の理由は予想外だった。

 俺はVTuberの配信が見れて、十分に満足していたはずだが。


「だってイロハちゃん、現実にあんまり興味ないーってカオしてたから。自分の人生もべつにどうでもいいーって感じで。それこそまるで”他人ごと”みたいに」


「……!」


「マイみたいに相手から積極的に絡んでこないかぎり、だれとも関わる気がなかったでしょ? というより、必要だと感じてないってほうが近いのかな。あたしのこともまるで”他人”を見る目だったよ。いや、ちがう……”道具”を見る目、かな」


「そ、それは」


 たしかに俺は最初、あー姉ぇを利用しようとしていた。

 プレミアム代を稼ぐためだけに。


 そして現実に興味が薄かったのもそのとおり。

 だってこれはわたし・・・の人生だ。


「久々に会った友だちがそんな、まるで”別人”みたいな目してたんだよ? そんなのさー、心配しないわけないじゃん。あとは純粋に悔しかったし」


「悔しい?」


「そう!」


 あー姉ぇは自信に満ち溢れた笑みを浮かべていた。

 彼女は「だから決めたの」とまっすぐな視線で俺を射抜いた。


「あたしが教えてやる――『人生はこんなにもおもしろいんだぞ!』って」

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