第289話『未来の天才科学者』
《それで結局、ふたりはソシャゲしてたわけじゃないの?》
《ボクらのどこがゲームをしているように見える!? こいつに勉強を教えてやったんだよ》
《そっかー、ちがうのかー。……そっかー》
《うっ!? その悲しそうな顔をヤメロ!? なんか、ボクが悪いことしたみたいになるだろうがっ!》
俺は両手でスマートフォンを握りしめながら、肩を落とした。
”はこつく”のマルチプレイ、したかったなぁ。
まぁ、わりと視聴者参加型で配信したりしているのだけれど。
シテンノーは「えーっと」と誤魔化すように、話題をシフトさせた。
《じつは最近、こいつが勉強を見てほしいってしつこくてな。ほんのすこし前までは、授業中もスマホばっかりイジってたクセに》
《へぇ~》
もしかして、この女子も先日の定期テストの点数が芳しくなかったのだろうか?
急に勉強をがんばりはじめる理由なんて、ほかに思いつかないし。
《ったく。普段からちゃんと勉強しておけよな。そしたら、こんな苦労はいらないんだよ》
《うっ、シテンノーって結構スパルタだよね~。アタシ的には勉強をがんばろうとしてるだけで、褒めてほしいくらい十分にエラいんだけど》
《勉強するのは当たり前だろうが。それに、知識は積み重ねだ。一時的にがんばるだけじゃ意味がない》
《《うっ……》》
流れ弾がこっちにも。
シテンノーがチラリと俺を見てから、女子に言い聞かせる。
《どんな天才でも、サボれば落ちるんだ。そして一度遅れたら、取り返すにはその何倍もの努力が必要なんだからな》
《わたしは反面教師か》
《ったく。イロハも本当はスゴいヤツなのに。ボクはこれほどの才能をほかに知らない。具体的にどうスゴいかというとだな……》
シテンノーが俺について語りはじめる。
彼は興奮気味に「スゴい、スゴい」と繰り返していた。
《不良との一件はとくにスゴかった! あれはボクも衝撃を受けたよ。あのスゴさは……》
《も、もうやめて!? 恥ずかしすぎる!?》
俺のは言語チート能力のおかげにすぎない。
しかも今は、そんな能力を持ちながらシテンノーに完敗しているわけで。悪い意味で褒め殺しだ。
《ムぅ〜。イロハちゃん……》
《え、えっと? どうかした?》
俺はジィ〜っと女子に視線を向けられていることに気づいた。
というか、睨まれている?
《もしかしてわたし、なにか怒らせるようなことしちゃってた?》
《えっ、いやっ、そういうつもりじゃっ。なんというか、その……いっぱい褒められてるイロハちゃんが羨ましかったというか。あ、アタシももっと勉強がんばらないとなーって!》
《そうだぞ、イロハ。お前もちゃんと勉強しろ》
《うぐっ!? まぁでも、どうせなら学年1位から教わろうって考えは、合理的だよねー》
もしかして、女子がほかでもなくシテンノーに教わろうとしているのはそれが理由だろうか?
……かしこいな!?
《ふ、ふんっ。まぁな! ……そうだイロハっ! よかったら、ボクがお前の勉強も一緒に見てやってもいいぞ! ひとり教えるのもふたり教えるのも大差ないし? この学年1位さまにかかれば……》
《あ、それはいいや。教師役はほかにもう見つけてるから》
《えっ。……そ、そうなのか?》
《いやー、聞いてよ! その勉強を教えてくれるって人が、わたしにとって特別な人で!》
《!?!?!? は、はは……そうか。よかったな。うん……、うん……》
《どうかしたの?》
《い、いや。なんでもないぞ。ははは……》
なぜかシテンノーがガクリとうなだれていた。
それを見かねたように、女子が意図的に明るい声を作って話しかける。
《し、シテンノー! アタシがんばるからさ! だから、もっと勉強を教えてよ!》
《あー? まぁべつにいいけど。ボクも人に教えるのは、良いアウトプットになるし》
《アウトプットかー。シテンノーくん、よかったらもう1個アウトプット増やさない?》
《どういう意味だ?》
《じつは……》
俺はことの経緯を説明した。
知り合いから「人手を紹介してくれ」と頼まれている、と。
《えーっと。つまり短期のバイトみたいな感じか?》
《言っちゃえばそうだね。本来、留学ビザじゃアルバイトってできないけど、これなら……》
《いや、悪いけどボクはパスだ。というか働かなきゃいけないほど、お金には困ってないし。余計なことに割く時間はない。そんな時間があったらもっと勉強しないと》
《えっ。あ~、そうだった》
正直、引き受けてくれそうな気がしていたから意外だった。
けれど、忘れていた。シテンノーはかなりのボンボンなんだった。
というか、俺たちが在籍している私立中学の生徒って、ほぼ全員が富裕層の出だ。
留学生活ってお金がかかるし、喜ぶだろう……というのは庶民の考えだったか。
《そっかー》
にしても学年1位を取ってもなお、この勉強意欲と向上心。スゴいな。
いや、だからこそ学年1位が取れたわけか。
さらに、前回のテストでは明確な目的意識と感情まで伴っていたわけで……。
こりゃ勝てねーわけだ。
《でも、困ったなぁ。……はぁ~》
《うっ!?》
シテンノーが自身の胸を押さえて呻いていた。
ひとりごとが聞こえてくる。
《お、落ち着けボク。わかってる、わかってるんだ。ボクにはそんな寄り道をしているヒマはない。世界にはボクより頭が良くて、ボクより勉強してるヤツがごまんといる。時間は有限で、そいつらに負けないためにも……》
《まぁ、ムリなら仕方ないよね。強制はできないし。……はぁぁぁ~》
《うぐぐぅっ!? 堪えろ、ボク! 世界で1番勉強しないと、世界で1番かしこくはなれないんだぞ!? なにより、またすぐイロハに追いつかれでもしたら……》
《わたしが協力してる――”言語処理”の研究所だったんだけどなぁ。仕方ないからほかを当たるね》
《おい待て。話を聞こうじゃないか》
《えっ!?》
シテンノーのリアクションがいきなり反転した。
なにか、そんな引っかかるようなことを言ったっけ?
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