第288話『ガール・オブ・ザ・リング』

《……はぁ~》


《ずいぶんと疲れた声。悪いわね、イロハ。本業も学業も忙しいだろうに、こうして合間を縫って来てもらっちゃって》


《あ、いえ! 研究所ラボの手伝いについては、半分はわたしの都合なので》


 俺はそう、運転席の女性エンジニアと言葉を交わしていた。

 今は研究所の手伝いをしてきた、その帰りだ。


 ハイスクールがはじまってから頻度を落としてはいるが、研究協力は今も続いている。

 ちなみに、チラリとバックミラーに視線を向けるとシークレットサービスの車がついて来ているのが見えた。


《えーっと、じつは……疲れているのはプライベートが理由で》


 バンチョーとのコラボ以降、マイたちからのアピールがすさまじいのだ。

 彼女らの言葉が脳内で再生される。


「イロハちゃんぅ~、マイ楽しみに待ってるからねぇ~! はぅわぁ~、ついにイロハちゃんと婚約かぁ~!」


「イロハちゃん! すっごくうれしい! えへへ……じゃあ、あたしからもプレゼントを用意しておくねっ!」


<イロハサマについニ、ワタシの思いが届いたのデスネ! アアっ、まさか夢が叶う日が来るトハ……!>


 しかも、なんでマイもあー姉ぇもイリェーナも自分がもらえる前提なんだ!?

 「指輪なんてない」と否定しても「わかってる。今はまだ秘密なんだよね」と流されるし。


《……はぁ~》


 俺はため息を吐いて、頭を抱えた。

 じつはマイたちだけじゃなく、一緒に住んでいるあんぐおーぐまでもがそうなのだ。


《イロハ、ワタシもプロポーズを受けるときは心の準備が欲しいから……そのときが来たら、アピールしてくれよな。しかし、こっそりそんなものを用意していただなんて、オマエもなかなかロマンチストだな!》


 ……って、なんでお前まで騙されてるんだ!?

 そんな用意なんてしてないことは、近くにいたんだからわかるだろうに!?


《うぐぅ~っ!》


 これってもしかして、本当に指輪を用意しないといけないのだろうか?

 そして、だれかには渡さないといけないのだろうか?


 な、なんでこんなことに!?

 いやまぁ、半分は自分の身から出たサビなんだけれども。


《あの、お姉さんはだれかにプロポーズされたことってありますか?》


《私? そりゃもう、エリートメンズが入れ食い状態よ! まぁ、全部フってやったけどね! 毎回「研究よりもおもしろい男になったら考えてやる」って言ってやってるわ。アッハッハ!》


《そ、そうですか》


 ダメだ。参考になりそうもない。

 俺もそれくらい割り切れたらよかったのだが、そうはいかないし。


《ところでイロハちゃん――よかったら私に良い人を紹介してくれない?》


《えっ!? さっきと言ってることが逆!?》


《まぁ、私が欲しいのは恋人じゃなくて、仕事を手伝ってくれる”人手”なんだけれどね》


《あー、そういう! ビックリしました。未成年を紹介しろだなんて、通報しようかと》


《結構、容赦ないわね。イロハちゃん》


《人手、足りてないんですか?》


《そうなのよー。謝礼も出すからさ、友だちに声かけてみてくれない? まぁ、イロハちゃんに任せてたのとはちがってお願いするのは単純作業だから、そこまで多くは払えないんだけど》


《……わたし、あんまり友だちいません》


《あっ。え、えーっと、ほら! 着いたわよ! 今日はありがとうね!》


《そんなに露骨に誤魔化されると、わたしも傷つくんですが!?》


《あ、アハハ。さっきの話ムリしなくていいからね! ほんとに! もしもいたら、でいいからね!》


《フォローが逆にツラいんですが!?》


 良い人……、良い人ねぇ?

 そんな人材、どっかに転がっていたっけ? 俺には心当たりが……。


   *  *  *


「……あ、いた」


「なんだよ、ボクがここにいちゃ悪いのかよ」


「いや、こっちの話」


 次の教室に早めに着くと、そこにはシテンノーの姿があった。

 それともうひとり。いつもスクールバスで俺のとなりに座っている女子もいた。


《最近、ふたり一緒にいるところをよく見るね?》


《えっ!? いや、これは! ち、ちがうのイロハちゃん! そういうのじゃなくって!》


 女子がなぜか、ひどく慌てていた

 その顔には「なにかやましいことがある」と書かれていた。


 いったい、なにが「ちがう」なのだろう?

 教室にはほかにだれもいない。……まさか!?


《ふたりだけで”はこつく”のマルチプレイしてたの!? ズルい! わたしも混ぜて!》


《お前と一緒にするな!?》


 シテンノーが即座にツッコんだ。

 そのとなりではなぜか女子がズッコけていた。


《どうかしたの?》


《あ、いや。ちょっと、ひとりで”スモー”を取ってただけ》


《なるほど》


 俺は納得した。

 それから女子に近づいて、こっそり教えてやる。


《そういうの、人前ではやらないほうがいいよ。日本だと”中二病”って言われて、恥ずかしいヤツだから》


 いやぁ、わかるなぁ~。

 俺も昔は、なにもないところでシャドーボクシングをはじめたりしたもんだ。


《~~っ!? そ、そうだね~?》


 女子は百面相したあと、言葉を飲み込んで俺に同意する。

 きっと恥ずかしさを自覚したのだろう、引きつった顔をしていた。


 いや~、良いことをすると気分がいいなぁ!

 俺はひとつ、世界に新たなる黒歴史が生まれることを未然に防いだのだ!


《……》


 なにか、納得がいっていないような視線を女子から感じたのは、きっと気のせいだろう――。

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