第313話『はじめてのソロ曲』

「マサカ、こんなにも早く叶うとは思っていませんでしたケドネ」


 そう、イリェーナは冗談めかして笑う。

 ふむ、なるほど? 言われてみるとこれが正式に実装されたら全員が揃うわけか。


 俺とイリェーナ、それからあんぐおーぐとあー姉ぇまで。

 さらにいえば、今回のガチャで排出されるほかの個人勢VTuberたちも……。


「たしかに、以前イリェーナちゃんと『事務所を立ち上げるかー』って話をしてたんだけど、ある意味もう実現したと言えなくもない?」


>>えっ、イロハちゃんとイリーシャで事務所立ち上げ!?

>>そんな予定あったの!? この情報、初出だよな!?

>>新規タレントの応募とかありますか?


「いや、まだなにも決まってないよ! 将来的にそういうのもアリかもって、話題が出ただけで!」


 慌てて否定していると、俺のスマートフォンがけたたましく震え出す。

 ちらりと画面を確認すると、マイからすさまじい数のメッセージと着信履歴が。


『イロハちゃんぅ~!? マイのこと忘れないでぇ~!?』


『酷いよイロハちゃんぅ~! またマイだけ仲間外れにしてぇ~!?』


『イロハちゃんイロハちゃんイロハちゃんイロハちゃんイロハちゃんイロハちゃんイロハちゃん……』


『そうだよねぇ~、悪い子はオシオキしないとぉ~。イロハちゃんのおこづかいを減らさないとぉ~』


「ぎゃーっ!? い、イリェーナちゃん! やっぱり、さっきの話はナシの方向で! まぁ、イリェーナちゃんもあくまで冗談で言ったんだと思うけど!」


「イエ、ワタシは本気デスガ?」


「えぇっ!?」


「むしろイロハサマこそ急にどうされたのデスカ?」


「うぐっ!? それはそのぉ~。じつは今、わたし……あの子にサイフの紐を握られていて、それで」


「……なんでそんなコトニ?」


「わたしが聞きたいよ!?」


 先日、母親からのお達しがあったのだ。

 『繰り返しの課金があまりにも目に余るし、あんたは言っても聞かないでしょ? だから……監視役をつけることにしました! これからは、マイちゃんにおこづかいを管理してもらいます!』と。


 ほんと、なんでぇーっ!?

 たしかに、ふたりはもともと……あの事件のとき、精神的にまいっていた母親をマイが支えてくれたことをきっかけに仲良くなっていたが、まさかそんなことまで任せるだなんて!?


「うぅっ、お母さんめ~! まんまと取り込まれやがって~!」


 実の子であるわたしのことが信じられないのか!? と問いたい!

 俺だって、ちゃんとギリギリ生活費は残るようにガマンして課金とスパチャができるのに!


 というかそもそも、俺はガチャを回しているんじゃなくて、経済を回してるだけだし?

 あるいは、お金で時間を買ってるだけだし?


 それにガチャは新鮮な課金石で引かないと悪いじゃん?

 「推し>>>マイホーム」だから……実質、心の固定資産!


「イロハサマ、変なこと考えてマセンカ?」


「そ、ソンナコトナイヨ」


 けど、なんだろうこの感じ……俺がアメリカにいて直接会えないうちに、マイに外堀を埋められてない?

 この間も彼女から、母親とのこんなやりとりメッセージのスクショが送られてきたし……。


『マイちゃんってほんと、とってもいい子よね~。ウチの娘に欲しいわ~!』


『ありがとうございますぅ~! じゃあマイぃ~、ママさん家の”娘”になりますぅ~!』


『あら、そう? うれしいわ~!』


 これ、あくまで冗談で「娘」って言ってるだけだよね?

 養子的な意味じゃなくて、嫁入り的な意味だったりしないよね!?


>>なんでかわからないけど、イロハちゃんって嫁の尻に敷かれそうなタイプな気がする

>>↑あー、なんかわかるなwww

>>というか、手綱を握っておかないと暴走するからな


「チッ、ヤツめ……またしてもワタシの前に立ちふさがりマスカ! ワタシのところにも抗議の連絡ガ。セッカク、お邪魔虫サード・ホイールがいないワタシの理想の事務所ができると思っていたノニ!」


「お邪魔虫て。あの、仮にも将来を誓い合った仲間だよね……?」


「イロハサマに余計なことを吹き込ンデ! ヤツはいつか必ズ、ワタシが潰シマス! そしてワタシがイロハサマを手に入れるのデス!」


「わたしはだれのものでもないよ!?」


>>ガチ恋勢同士の対立は闇が深い

>>イロハちゃん、生きて

>>将来、刺されないように気をつけてね?


「な、なんでみんな、わたしの心配をするの!? これってふたりの問題で、わたし関係ないよね? ね!?」


「……。ミナサン、ユニットを組むときはぜひイロハサマとワタシを一緒に編成してくだサイネ~?」


「スルーしないで!? お願いだから!」


「イロハサマ、そろそろ次に……期間限定イベントの紹介にいきマショウ。じつはこの度、ワタシのオリジナル楽曲がこのゲームに収録されることになりマシター!」


「そ~~~~なの! みんな聞いたことある? サビでASMR風のウィスパーや、ウクライナ語での合いの手が入った、とてもイリェーナちゃん”らしい”曲で! もしまだなら、今すぐイリェーナちゃんのチャンネルへ!」


 ”理想の箱を作ろう”は音ゲーだから、こういうこともあるのだ。

 ……ん? あれ? さっきまでなにか悩んでいた気がするが、まぁいっか!


「さっそくプレイしていきましょう!」


 俺はノリノリでそう叫んだ。


   *  *  *


「……あぁっ、イリェーナちゃん最高だったよぉ~!」


「ウェヘヘ、そう褒めらレルト~。けれどイロハサマ、上手いデスネ。運動神経ナイノニ」


「いや~、愛ゆえに! ……ん? 今、余計なこと言わなかった?」


「イエ、ナニモ?」


 そんなわけで楽曲をプレイしたのだが……俺、初見フルコン余裕でした。

 まぁ、最高難易度じゃなかったのもあるけど。


「ぜひぜひ、何度もイリェーナちゃんの曲をプレイして覚醒用アイテムを集めてくださいねー!」


「ところでイロハサマ? 聞くところによると……イロハサマのオリジナル曲も実装されるトカ?」


>>!?!?!? 初耳なんだが!?

>>そういえば、これまでオリジナルって例の平和ソングとコラボ曲しかなかったよな

>>歌が苦手で、歌枠すら滅多に取ってくれないのに……マジか!?


 そう、じつは……マジなのだ!

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