第312話『ガチ恋勢の夢』

 『イロハ』『イロハ』『イリェーナ』『イロハ』『イロハ』……。

 って、俺への愛が重すぎる!?


>>このゲーム未プレイだったんだけど、同キャラ組み込めたんだな

>>当然。バーチャル世界なら、分身だって余裕なわけよ

>>つまり、最大カンストで5体まで集められるのか。いっぱい課金できるゾイ!


「イリェーナちゃん、いったい裏で何連回してたの!? 全スキップしていたとしても……まさか、この短時間にこれだけの枚数を揃えるだなんて!?」


「これが愛の力、デス!」


>>いや、イロハちゃんが沼ってたから時間はわりとあった気が

>>にしても、自分を入れたがらないイロハちゃんとは真逆の編成だなぁwww

>>このふたりって何気にファンとしても、対極的なありかたしてるよな


>>たしかに。推しに会いたくないイロハちゃんと、イロハちゃんと結婚するためにVTuberになったイリーシャ

>>↑結婚!?!?!? あれっ!? そうだっけ!?

>>このユニット編成になるのも納得


「イロハサマ……ダメ、でしタカ?」


「い、いや。イリェーナちゃんのユニットだから、自由にしていいよ」


 自分のファンとしてのスタンスを他人にまで押しつける気はない。

 どっちが正しいとか間違ってるとかも、ないと思うから。


「ありがとうござイマス! というワケデ、ミナサマもいっぱいガチャを引いてイロハサマを集めマショウ! そして推しで自分のユニットを染め上げマショウ!」


「ほ、ほどほどにね?」


 どうやら俺とイリェーナはガチャの回しかたも対極的なようだ。

 俺は全キャラを完凸させる派だが、彼女は特定のキャラに全ブッパする派らしい。


「ニシテモ……ハァ、ハァ! 本当にイロハサマがかわいすぎマス! 当然、ホーム画面の設定もイロハサマにしたのデスガ」


「と、当然なんだ……」


「さらにこうシテ、イロハちゃんのご尊顔に触れるコトデ……」


 ゲームのホーム画面に表示されていた翻訳少女イロハの立ち絵にイリェーナがタッチする。

 すると、立ち絵の表情が変化するとともにフキダシが表示され……。



『――翻訳少女イロハです!』


『――話せる言語の数? うーん、もう数えきれなくなっちゃいました!』


『――あー、うー、おー♪ ……え? 棒読みになってる? な、なってませんよぅ!』



>>は? かわいすぎんか???

>>演技してるからか、セリフを読んでるからか、いつもよりもちょっとあざとめのイロハサマですねこれは

>>そんなイロハサマも、これはこれで……よき


「みんなまで”サマ”付けで呼ばなくていいから!?」


「……」


「えーっと、イリェーナちゃん? どうしたの、黙り込んで? なにを考えて……、まさか!?」


 画面に映っていたタッチポインターがスーッと下へと移動していく。

 そして、翻訳少女イロハの胸元がぷにっとタップされ……。



『――も、もうっ! わたし未成年なのにそんなことして、いーけないんだ~!』



 画面の中のイロハが頬を染め、ちょっと怒った顔になる。

 イリェーナが「キャー!」と大興奮の声を上げた。


「ややや、やっタドー! イロハサマの”タイラノマサムネ”にワタシの指が触れマシター! アァっ、なんてかわいいリアクションなのでショウカ!」


「こ、こらーっ!? ななな、なにやってるのーっ!? どこ触ってるのーっ!?」


「イエ、イロハサマ! セリフが用意されているということは運営も想定しているというコト! これも宣伝のタメ、余すところなく”よさ”をお伝えしナイト!」


「で、でもぉ!? だからって本人の前でおっぱい触らなくたって!? ……は、恥ずかしいしぃ」


「……」


「なんで無言で連打しようとしてるのーっ!?」


「今ナラ、二度おいしいノデ?」


「おいしいってなにが!?」


「そもそもイロハサマだってセリフを収録している時点デ、覚悟はできていたハズ!」


「うぐっ!? でも、それとこれとは」


「というワケデ、ミナサマにもこのかわいさをお伝えしなケレバ! それがワタシの使命!」


>>いいぞイリーシャ!

>>それいけ、ボクらのイリーシャ!

>>もっとやれ! イロハちゃんの恥ずかしいセリフを世界に届けるんだ!


「うおぉオオオー!」



『――きゃっ! また触ったーっ! このヘンタイおじさんっ! ばーか、ばーか!』



「ハイ! ワタシはヘンタイオジサン、デス!」


「ちがうよねぇ!? イリェーナちゃん、なに言ってるのっ!?」



『――ちょっと! 次に触ったら100の言語で罵りますからねっ!』



「ありがとうござイマス! ワタシの母国語であるウクライナ語でお願いシマス!」


「リクエストを聞いてるわけじゃないから!?」



『――こらっ! 「バーカ!」《バーカ!》<バーカ!> もしこれ以上、触るようなら……!』



「フヒ、フヒヒヒ……! オホぉーっ! イロハサマ最高すぎマス! これ以上触っタラ、どうなっちゃうのデスカー! いざ聞かせてもらいマショ――」


「ややや、やめぇーーーーいっ!? これ以上はもうダメ! 絶対にNGだからーっ!」


「えぇエエエ~!?」


>>イロハちゃんのいけず!

>>過去の実装からして、最後に一番エッチなセリフがあるはずなのに!

>>お願い! あと1回だけ! 指先だけでいいから!


「絶対にダメー! この先のセリフは、みんな自分でたしかめて! わたしも個人的に楽しむ分にはなにも言わないし!」


「”個人的に楽しむ”デスカ?」


>>これはもしや、イロ恋許可!?

>>たしか、覚醒後のセリフ変化とかもあったよな?

>>これは絶対に手に入れなければ!


「待って!? 『楽しむ』ってそういう意味じゃないから!? というか『イロ恋』ってなに!?」


>>ん? 「そういう意味」ってどういう意味?

>>ぼく、おじさんだからわからなーい!

>>イロハちゃんはなんのことだと思ったのかな? イロ恋ってただのイロハちゃんガチ恋勢のことだよ?


「なぁっ!? くっ……お、お前らぁ~」


「ところでイロハサマ、お気づきデスカ?」


「え? 気づくって、なにが?」


「コレデ、ワタシたちの夢がひとつ……叶っちゃいまシタネ!」


「……あっ」


 言われて、イリェーナたちと交わした約束を思い出す。

 ひとつは同じ高校に進学すること。そしてもうひとつは――事務所を立ち上げることだった。

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