第165話『アメリカの食事マナー』

《アメリカに来たなら、やっぱりまずはこれだろ!》


《おぉ~!》


 俺はあんぐおーぐの案内でレストランを訪れていた。

 目の前に、でんっ! と料理が置かれる。


《今日の夕食はこのハンバーガーだ!》


《ていうか、あのドーナツってお昼ご飯の認識だったんだ》


 まぁ、たしかに時間的にも夕方に近い。

 ドーナツがガツンと来るほどに甘かったとはいえ、さすがに俺も空腹だった。


《そういうわけでもないんだけどな。けど実際、日本じゃお昼ご飯をしっかり食べるけど、アメリカじゃお昼は軽食ですますことが多いな》


《正直、アメリカの人は毎回すごく食べてるイメージあった。にしてもこれ、すごくおいしそうだね》


《ふふんっ、すごいだろ!》


 プレートに乗っているのはハンバーガーにフレンチフライの王道スタイル。

 なのだが、ハンバーガーがやたらとデカかい。


《それじゃあ、「いただきます」》


《あはは、「いただきます」。なんかワタシも食事前にそれ言うのクセになってきた》


 でっかいハンバーガーにかぶりつく。

 しかし、今のこの身体が小さいこともあって全然口に入らなかった。


《そうじゃないぞイロハ。もっとぎゅーって潰さないと。それがアメリカンスタイルだ》


 俺は「へぇ~」と、あんぐおーぐのマネをしてハンバーガーに食らいつく。

 これは、正直……。


《めちゃくちゃおいしい!》


《だろ~? あー、おいしい! これだよ、この味が恋しかったんだ。日本のハンバーガーもユニークだったり上品だったりして悪くない。けど、ハンバーガーはこうじゃないと!》


 バンズに挟まっているのはパティとオニオンスライス、カリッカリのベーコンとチーズ、それからソース。

 中でもパティの肉々しさが日本のものとは段違いだった。


《むふふ~。イロハと一緒に食べるハンバーガーは格別だな!》


《はいはい》


 リップサービスだろう、俺は「よく言うよ」と聞き流す。

 あんぐおーぐはニッコニコの笑顔でパクパクと食べ進めていた。


 もしかすると、彼女も故郷の味に飢えていたのかもしれないな。

 間違いなく、俺以上にこの食事を楽しんでいた。


《イロハが前にアメリカに滞在してたときは、情勢のこともあって外食なんてできる状態じゃなかったし。だから、次来たときは絶対に食べて欲しいと思ってたんだよ》


《たしかに、あのときは食事を楽しむどころの状況じゃなかったもんね》


 言いながら口内の油を炭酸飲料で流し込む。

 これが最高の瞬間、というのは俺でもわかる。


 にしてもこの紙コップ……ハンバーガー以上にデカくない!?

 全然減らないんだけど、もしかして1リットルくらい入ってるんじゃ。


《ん? ドリンクが足りないなら、おかわり自由だぞ》


《十二分だよ!》


 あんぐおーぐにドリンクバーみたいなコーナーを指差され、俺はそうツッコんだ。

 飲み放題がデフォルトなのは、ありがたい話だけど……。


《一応言っとくけど、日本みたいな”ドリンクバー”ではないからな?》


《え? ちがうの?》


《あぁ。あくまで”おかわり”自由なだけ。だから、ちがう種類のドリンクを入れるのはマナー違反だぞ》


《へぇ~》


 飲み放題なら大差ないんじゃ、と思ってしまうも文化のちがいなのだろう。

 そんなことを考えながらぐるりと店内を見渡す。


 すると、店内にいたおばちゃんとパチッと目が合ってしまった。

 席に案内してくれた店員だ。


 彼女がズンズンとこちらに近づいてくる。

 えっ、なになになに!?


《どうかしら、お嬢ちゃん! 食事楽しんでる?》


《は、はい》


《めっちゃおいしい! やっぱりここのハンバーガーは最高だな!》


《そう! それはよかったわ! ちなみに、フレンチフライにはそこのソースをつけてもおいしいわよ! ところでこの店のシェイクはもう食べた? 私のイチオシよ》


 陽気に話しかけてきたおばちゃんは、そのまま雑談をはじめてしまう。

 それからしばらくおしゃべりしたあと、去って行った。


《お、おぅ。元気いいなぁ》


《ん? あぁ。そういえば日本じゃ、呼ばないかぎり店員が話しかけてきたりしないもんな》


 このあたりの差は、国民性なのか、それともチップ文化の影響なのか。

 いずれにしても珍しいことではないようだ。


 となりのテーブルでシークレットサービスの人たちも、普通に食事を続けている。

 あるいは、警戒を見せないのがうまいだけかもしれないが。


 ちなみに、この店に来られたのも彼女らが車で送ってくれたおかげだ。

 なんか、完全にアシに使ってしまって申し訳なくもなるが……。


 ダウンタウンからすこしだけ離れたこの場所では、どこへ行くにも車が必須だ。

 あんぐおーぐも免許を持っていないため、彼女らがいなければ大変なところだった。


《にしてもイロハ、どうしたんだ? さっきからキョロキョロして、食事の手が止まってるぞ?》


《あ~、いや~。そうだ、せっかく教えてもらったし味変でもしようかな》


 俺は苦笑いでそう返す。

 ハンバーガー自体もデカいし、フライドポテトの量も多い。ぶっちゃけ、かなりお腹にきていた。 


《まさかオマエ、もうお腹いっぱいなのか!? 育ち盛り……いや、なんでもない》


《おい、なんで言うのをやめたし》


《ワタシにも温情くらいはある》


《コ、コイツ……》


 まぁ、前世の成人男性ほど今の身体の食事量が多くないのは事実だし。

 俺は嘆息し、手を伸ばしてテーブルの脇に置かれていたソースを取ろうとして……。


《ちょっと待て、イロハ! それは……マナーが悪いぞ!》


《えっ!?》


 あんぐおーぐが鋭い声でそう俺を指摘した。

 今のがマナー違反って……いったいどこが!?

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