第255話『ソーシャルゲーム』

《えっと、これくらいの計算なら暗算しちゃったほうが早いかなって》


《すっご!? やっぱ、イロハちゃん天才じゃん!》


《いやいやいや!? わたしがすごいんじゃなくて、日本の学生ならみんなできることだからね!?》


《マジ? 日本人ってみんな金持ちなうえに天才とか、最強じゃん!?》


 ま、ますます偏見が!?

 正直、こんなことで褒められると逆に恥ずかしい!


 べつに暗算で解いたほうがエライ、なんてこともない。

 そもそもアメリカでは、数学の授業で電卓の使用が許可されている。


 だから、みんなできない……というより、暗算する文化がないんだと思う。

 お会計のときこっちでは端数を出したりしないのも、こういった部分が影響しているのかもしれない――。


   *  *  *


 その次の授業は国史ナショナルヒストリーだった。

 つまりは、アメリカの歴史だ。


 基本的にハイスクールの教科書はめちゃくちゃ分厚い。

 だが、この授業だけはやけに薄かった。


《まぁ、アメリカができたのってほんの200年前だからねー》


 さっきの授業に続いて、俺のとなりに座った女子が教えてくれる。

 イギリスとフランスが~、ってやつだな。


 言われてみると、植民地時代を入れても400年くらいしかないのか。

 というか、日本のように何千年も同じ国が存続しているほうが珍しいのだろう。


《これならすぐに終わりそうだね》


《あーでも、国史が終わったら次は”州史”を学ばないといけないからねー》


《そんなのがあるんだ?》


 日本人は「どこから来たの?」と尋ねられると国名を答え、アメリカ人は州名を答える、なんていわれるが……。

 そんな差は案外、こういうところから来ているのかもしれない。


 教育が思想を作るのか、それとも……。

 授業のたびに俺は、なんとなくアメリカという国の背景が見えてくるような気がした――。


   *  *  *


 本日の最後は、お金ファイナンスの授業だった。

 端的にいえば、年金や投資の話だ。


《みなさん、お金の本質とは信用です》


 教師の話を聞きながら、俺は心底から思った。

 前世の学生時代にこの授業を受けたかった、と。


《みなさんはお金の使いかたと聞いて、どんなものが思い浮かびますか?》


 生活、貯金、趣味……そして、投資。

 当てられた生徒が答えていく。俺が思い浮かぶのもそのあたりだった。


《とても良い答えです。ではもっと掘り下げて、投資とは具体的にどんなものがあるでしょう?》


 株式や債券が真っ先に頭に浮かんだ。

 あとは通貨……最近だとデジタル通貨もか。


《本当にそれだけですか? ビートコインのようなデジタル通貨がOKなら、同じくNFT……偽造できないデジタルの、アートなんかはどうでしょう?》


 言われて「たしかに」と納得する。

 それも現在はもはや株のような扱われかたをしている。


《では、絵画などの美術品は? もっと身近にトレーディングカードなんかは?》


 言われてみれば、それも投資になるかも。

 いや、というより……。


《デジタル通貨をマイニングするためにパソコンのパーツを購入するのは? 自身の健康のために運動グッズを購入するのは?》


 ――全部、投資だ。


 話を聞いて、はじめて気づく。

 俺が思っているよりもずっと、投資とはカジュアルな存在なのだと。


《みなさん、まずは自分が詳しいものやよく知っているもの……”信用”できるものへ投資してみましょう》


 信用できるもの。俺にとってそれがなにかは決まっている。

 もちろん、VTuberだ!


《そして、みなさん。この世でもっともローリスクでハイリターンな投資が勉強です。お金のことにかぎらず、この学校でしっかりと学んでいってくださいね》


 教師はそう話を締めくくった。

 その後、話はアメリカでも起きている年金問題のこととなり……。


 正直にいうと、アメリカで受けたどんな授業よりこれが一番おもしろかった。


《投資……投資、か》


 俺もまったくやっていないわけじゃない。


 次のイベント用の素材や、機材の費用にお金を回している。

 未来のVTuberファンを生むべく(まぁ、これは税金対策もあるけれど)募金もしている。

 VTuber事務所の株式を保有している。

 推しにスーパーチャットもしている。


 だが、なにかまだやり足りないような……。

 VTuber業界に貢献できることがあるような、そんな気がした――。


   *  *  *


《ってな、感じでさ~》


 俺はリビングで授業用のノートパソコンを広げながら、今日あったことをあんぐおーぐに話していた。

 モニターに映っているのは、ファイナンスの課題だ。


《次の授業までに、新たな投資計画を練ってきて発表……って言われたんだけど、どうしたものかなーって。おーぐ、なにかいいアイデアない?》


《ううぅ~! ワタシも一緒にハイスクール行って授業受けたい! イロハと学校生活が送りたいぞ~!》


《わたしの話、ちゃんと聞いてた? あと、引っつくな》


 あんぐおーぐをグイグイと押し返す。

 最近は夜しか一緒にいられないせいか、絡みが酷くなってる気がするな。


《ムゥ~、つれないぞ。べつに、今もうやってる投資のことを書けばいいんじゃないのか?》


《まぁ、そうなんだけどねー》


《あ、そういえば》


《なにか思いついたの?》


《いや、投資の話じゃないんだけどな。聞いたか、イロハ? もうすぐウチの事務所と……あとはもうひとつの大手がコラボしたVTuberのゲームが、リリースされるって》


《え? なんのゲームとのコラボ?》


《いや、そうじゃなくて。VTuberオンリーで、オリジナルの》


《……ファンメイド?》


《公式》


《……あー、前にノベルゲームを出したことが》


《ソーシャルゲームだって》


《……な、な、なぁあああんだってぇええええええ~!?》


 俺はあんぐおーぐに掴みかかった。

 そうか……そうだったのか! 俺が投資するべきものは、そんなところにあったのか――!

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