第254話『イージー・ウィン』

「イロハ、キミはさっきのテストどうだった? ボクは当然、満点だったがな!」


「わたしも満点だったよ」


「チッ、また同点か。やはりこの程度では差はつかないか」


 ハイスクール生活がはじまって、はや1週間。

 次の教室への移動中、となりにシテンノーが並んで話しかけてきた。


 いまだに本名を覚えていないのは申し訳ないが、勘弁してほしい。

 もともと人名を覚えるのはニガテだし、まわりもみんな彼をあだ名でばかり呼ぶのだから。


「しかし、まさかハイスクールのテストがここまでイージーだとは」


「それは正直、わたしも思った」


 もともと、俺たちの中学が進学校で、授業がハイレベルだったこともある。

 しかし、それを差し引いてもハイスクールのテストはやさしかった。


 まぁ、テスト以外の部分でいろいろと難しいこともあるのだが……あとは、日本にはなかった科目とか。

 それ以外の数学や化学みたいな基本科目は、かなり余裕だった。


「でも仕方ないんじゃない? こっちじゃハイスクールまでが義務教育だし。というかモラトリアム?」


「わかってるさ。良くも悪くも玉石混合なのは。こっちでできたボクの友人も、みんなここが地元だってさ」


 授業のシステムは日本の大学に近いが、立ち位置としては中学のほうが近い。

 家から近いハイスクールに進学するのが普通で、入学テストもとくにない。


「それに日本みたく、良い会社に就職するために良い大学へ、良い大学に入るために良い高校へ……って逆算して学校を選ぶみたいなのもないみたいだし」


「あぁ。でも治安の良い学校に行かせたい、って親はいるみたいだけどな」


 もしかすると、勉強する・しないの選択すら”自由”なのかもしれない。

 当然そこには相応の自己責任がつきまとってくるが。


「まぁでも、授業が簡単なら簡単でいいんじゃない? 楽だし」


「いいわけあるか! これじゃあ、すぐに頭がなまるだろ!」


「マジメだね~」


「逆になんでキミはそんなにもやる気がないんだ!? わざわざ留学を希望して来たんじゃないのか!」


「そう言われても、わたしの留学はVTuberのついでだし」


「やはりキミの優先順位はおかしい!」


「へ? VTuberより優先されるものなんてないでしょう?」


「……はぁ」


 なぜそこで嘆息する。

 俺はなにも間違ったことなんて言ってないのに。


「まぁでも、だからこそ飛び級や留年があるんだろうね」


 物足りないヤツはあっという間に上へ行く。

 そして、足りないヤツはずっとそこにいる。


 それぞれのレベルに合った授業というのは、そういうことだ。

 日本の学校教育とどちらがすぐれているのかは、俺には判断がつかないが。


「フンっ、まぁそういう評価主義はキライじゃないけどな。おかげで外国人でもナメられずに済む」


「実力主義って言ったほうが、聞こえが良いような」


「それを言うなら”ウィナー・テイクス・オール”じゃないのか? キミもずいぶんな人気みたいだし」


「うっ、勘弁して……」


 さっきからずっと突き刺さっている好奇の視線に、気づかないフリをしていたのに。

 1週間も経ったんだし、そろそろ飽きてほしいもんだ。


「っと、到着だ。いずれにせよキミも自習しておくべきだとボクは思うけどね。《おーい》」


《待ってたぞ、シテンノー。この問題だけどさー》


 目的地である教室に到着し、シテンノーは自身の友人たちと合流する。

 俺はこっそりと後ろの席に……座ろうとしたが、女子に見つかってしまった。


《イロハちゃん、来た来た~! ほら、アタシたちの真ん中においで~》


《……は、はい》


《ほら、お菓子あげるー! あーん》


《いや、その……あーん》


 口元にお菓子を差し出され、避けることもできずに頬張る。

 なんだか餌付けされている気分……というか、そのものだった。


 ハイスクールではこうして、校内でお菓子を食べている生徒は多い。

 禁止されてない、どころか校内でもいろいろと売っている。


《きゃー、かわいー! こっちも食べなー?》


《あむっ……、~~~~ッ!? 甘っっっんま!?!?!?》


《あはは、これくらい普通だよー》


 こ、これだからアメリカのお菓子は!

 俺は慌てて、持参していた水筒を傾けた。


 ちらりと教室に視線を巡らせると、同じようになにかを口に含んでいる生徒は多かった。

 とくに人気なのは、ガムや噛みタバコだとか。


《……》


 そういえば、アメリカってタバコは18歳からだった気が。

 い、いや。気のせいだな! きっと全員、噛んでいるのはガムに違いない。


 ただ、なんでみんな机の裏に噛み終わったガムを引っつけるんだ?

 校内で唯一、ガムだけは売られていないのだが……絶対にそれが理由だろ。


《ぷはっ。し、死ぬかと思った》


《イロハちゃん、おおげさ~! おわびに、今度はこれどーぞ!》


《こ、これも甘かったりしないよね?》


《んー、普通?》


 アメリカ人の言う「普通の甘さ」は信用できない!?

 と、そうこうしているうちに……。



 ――ジリリリリリリ!



 と、ベルが鳴り響いて授業がはじまった。

 こっちの休み時間インターバルはたったの5分。ほとんど、移動するだけで終わってしまう。


《えー、ではこの問題を……》


 はじまったのは数学の授業だ。

 正確にいえば代数アルジェブラだけれど。


 と、問題を解いているとギョッとした顔で女子がこちらを見てきていた。

 え? なにか変なことあったっけ?


《い、イロハちゃん……電卓使わないの!?》


《へ?》


 と、俺は首を傾げた――。

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