第428話『誓いの口づけ』


《おーぐ、愛してる》


《イロハ、ワタシも……》


 お互いに指を絡ませ、そしてコツンとおでこを引っ付けた。

 至近距離でぱちくりと目が合う。


 泣き笑いの表情。

 それを見て……。


《……おーぐ、かわいい》


《へぁうっ!?》


《えっ? あっ、いや!? 今のはちがくて!? 思わずっていうか!?》


 恥ずかしさで顔が真っ赤になる。

 俺は慌てて手を離して、ブンブンと手を振って否定する。


《ふ、ふーん? 思わず、言っちゃったのか?》


《うっ!? ……う、うん》


《へー、ほー、ふーん?》


《な、なに!? もう! そんなにニヤけなくてもいいでしょ!?》


《に、ニヤけてなんかないしっ! でも、そうか。イロハがワタシのことを「かわいい」って》


《あーもう!? 繰り返すなーっ!?》


《……なぁ、イロハ》


《へ? お、おーぐ? どどど、どうしたの?》


 あんぐおーぐが切なげな表情で俺に身体を寄せてくる。

 俺はついに逃げるみたいに腰が引けてしまう。


 彼女の手が俺の胸元に添えられる。

 まるでおねがりするみたいに……彼女は熱い吐息とともにその言葉を口にする。


《イロハ……ワタシ――欲しい》


《……!》


 なにが、とは聞かなかった。

 聞かなくても伝わっていたから。


 あんぐおーぐにも目と目で通じ合ったことはわかったはず。

 だが、そのうえで彼女は言葉を重ねた。



《ワタシ……イロハに――ちゅー、してほしい》



 徐々に迫りくるあんぐおーぐを、俺は思わずガバッ! と肩を掴んで引き離してしまう。

 彼女は傷ついたような表情になった。


《ごめん……イヤ、だったか?》


《あっ、いや!? そういうわけじゃなくて!? ただ、その……あのぅ……》


《……ヘタレ》


《うっ!?》


《ヘタレ、イロハのヘタレ、ヘタレイロハ》


《うぐぐぅっ!? べ、弁明のしようもございません……》


 指輪を渡す勇気は出した。でもキスはまたべつだ!

 だから……俺は言い訳を求めた。


《おおお、おーぐ! 『あっち向いてホイ』しよう!》


《はぁ!? なんで今そんなことするんだ!? オマエ、恥ずかしいからって逃げようとしてるだろ!》


《い、いいから! するの!》


 あんぐおーぐがしぶしぶといった様子で「わかった」と頷いた。

 俺は「じゃあいくよ」と彼女に指を突き出す。


《おい、じゃんけんまだしてないぞ》


《いいの! ほら、おーぐはわたしの指示したほうを見てね……あっち向いて、右!》


《……はぁ~、これじゃあっち向け・・ホイだな。ほら、見たぞ》


《じゃあ、次は……あっち向いて、上!》


 俺の声と指の動きに合わせて、あんぐおーぐが指示された方向を向く。

 彼女は呆れながらも俺に付き合ってくれた。


 し、仕方ないだろ!

 こういう手段でしか勇気を出せなかったんだから!


《次は、下》


《あぁ》


《最後は……左》


《うん》


 そのまま5秒、10秒……時間が過ぎていく。

 いつまでも次の声がかからないことに、あんぐおーぐは困惑した様子で尋ねてくる。


《おい、次はまだか?》


《……》


 俺はなにも返さない。

 30秒……1分が経過する。


《おーい、イロハ? これはいったいなんの意味があるんだ?》


 それからさらに数分が経って……いい加減に限界がきたらしい。

 しびれを切らしたようにあんぐおーぐが前を向く。


《おい、イロハ……オマエ、いい加減に――》


 そのときだった。

 あんぐおーぐが振り向いた瞬間……。



 ――ちゅっ。



 俺が突き出していた唇に――彼女の唇が触れていた。

 それはまるで一番最初、空港でうっかり振り返ったときに唇が触れてしまったときの――事故でキスをしてしまったときの、再現のようだった。


《~~~~!?!?!?》


《……ぷはっ》


 唇を離して、一歩距離を取った。


 さっきの行為の感覚をたしかめるみたいに、自分の唇に触れる。

 あんぐおーぐの唇と触れ合った部分が、じんじんと熱を持っていた。


 まるで今もまだ、彼女の柔らかな唇が触れ続けているような錯覚がする。

 彼女と繋がった感覚が残像のようにそこにあり続ける。


《な、な、なっ……!?》


 あんぐおーぐも顔を真っ赤にして自分の唇を押さえていた。

 彼女は震える声で問うてくる。


《い、いいいイロハ……今のって事故? それとも……》


《……わ、わたしがっ》


 俺は恥ずかしさでつっかえながらも言葉を紡いだ。

 これが今の俺に返せる精一杯の答えだった。


《わたしがっ……自分からだれかにこーゆーことするのっ、は、はじめてっ……だからっ。だからその……こ、これがっ……わたしの本当の……》



《――ファーストキス、だから》



《い、イロハぁ~~~~っ!》


《うわっ!? お、おーぐ!?》


 あんぐおーぐが俺に飛びかかるみたいに抱き着いてくる。

 俺は受け止められるはずもなく、そのままボスンっと背後にあったソファへと押し倒された。


《ちょ、ちょっとおーぐどこ触って――んぐぅっ!?》


《ん……ちゅっ……ぷちゅっ……れろ……んっ!》


《んんぅ~~~~!?》


 あんぐおーぐの舌が俺の唇を割って口内へと進入してくる。

 にゅるにゅるして、なんだか気持ちよくて、頭がぼうっとして……。


《ぷはっ! はぁ、はぁっ……イロハ……好き、好きだ……大好きだ、愛してる》


《ぷはぁっ……!? にゃ、にゃにしてっ!? そ、そこまではわたしまだ許してにゃいのにっ!?》


 あんぐおーぐが馬乗りになりながら、俺を見下ろしていた。

 彼女と俺の唇の間には銀色の橋が架かっていた。


《悪いけど、イロハ……オマエのハジメテ、全部ワタシがもらうから》


《ひゃうっ!? そんにゃっ……りゃめっ……りゃめぇえええっ!?》


 アメリカで過ごす最後の一夜はとても長く……。

 そして、それ以上に熱かった――。

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