第429話『ばいばい、アメリカ』


「ん、うぅん……」


 俺は窓から差し込んできた日差しのまぶしさで目を覚ました。

 「ふわぁああ」と大口を開けてあくびをしながら、寝ぼけ眼をこすり……。


「はぅえっ!?」


 ビックリして変な声が出てしまった。

 自分の目の前に、一糸まとわぬあんぐおーぐの姿があった。


 というか俺も服を着てない。

 俺たちは仲良く1枚のシーツに包まって、いつものソファの上で抱き合い眠っていた。


 恥ずかしさと、それから彼女の裸を見てしまったこと。

 それから昨晩を思い出して顔が熱くなる。


「……ごくり」


 俺はあんぐおーぐの顔にかかった髪をそっと指先で梳いてやった。

 そんな俺の左手の薬指にはきらりと光る銀色があった。


 ――指輪だ。


 昨晩、彼女に嵌めてもらったのだ。

 そう……じつは用意した指輪はひとつではなかったのだ!


 指輪を買いに行ったとき、お店の人に勧められて自分の分も買っていた。

 当時はまさか、ここまでの事態になるとは想像していなかったけど。


 それで、その……!

 昨日の夜、彼女に逆プロポーズみたいなこともしてもらって……!?


「……きゃぁ~~~~っ!?」


 恥ずかしさと興奮で身もだえしてしまう。

 それと……あんぐおーぐの寝顔を見ているうちに、なんだか頭がぽ~っとしてきた。


 愛おしさが溢れてたまらなくなる。

 気づくと俺は、無意識に彼女の唇へと自分の唇を触れ合わせていた。


「んっ……ちゅっ……好きっ……おーぐ、好き……大好きっ……ちゅっ、ちゅっ……」


《イロハ~? なにやってるんだ~?》


《……!?!?!? は、はぅえっ!? おおお、起きてっ!?》


 夢中であんぐおーぐにちゅーをしていると、突然ぱちくりと彼女の目が開いた。

 驚きのあまり飛び起きて、逃げようとするとするが……ガシッと捕まえられてしまう。


《イロハ~、ワタシの寝てるあいだにいったいなにしてたんだ~?》


《へぁうっ!? いいい、いや……な、なななんにもしてない……よ?》


《んー? そうかー? でも……》


 あんぐおーぐがぺろりと自分の唇を舐めた。

 真っ赤な舌がちろりとのぞき、その艶めかしさに俺はドキっとして……。



《――イロハの味がする》



《~~~~っ!?》


 あんぐおーぐが俺の耳元で囁いた。

 恥ずかしさで顔から火が出そうだった。


《ウソを吐くような悪い子にはおしおきしないとな~。てりゃっ!》


《きゃっ!?》


 そのままあんぐおーぐに腕を引かれて、くるりと場所を入れ替えられてしまう。

 俺は彼女に組み敷かれていた。


《イロハ……きれいだぞ。かわいいぞ》


《や、やぁっ……見ないでぇっ!?》


 今の俺は裸だ。

 しかも手首を押さえられているせいで、大事な場所を隠すこともできない。


 羞恥で眦に涙が浮かぶ。

 それを見てあんぐおーぐは嗜虐的な笑みを浮かべ、ゆっくりと顔を近づけてきて――!?



 ――ジリリリッ!!!!



 と玄関のチャイムが鳴った。

 俺たちは揃ってビクゥっと飛び跳ねた。


《ビックした。いったいだれが……》


《って、おーぐ!? 今、時間は!?》


《ん? あぁ、それなら……ってしまったぁー!? もう引っ越し業者の来る時間じゃないか!?》


 昨日、夜更かし・・・・したせいでずいぶんと寝坊していたらしい。

 俺たちは慌てて、昨日脱ぎ散らかした服を拾って身にまとった。


 それからドタバタと玄関に向かって……。

 ガチャリ、と扉を開く。


《《はぁっ、はぁっ……お、お待たせしました!》》


《あぁ、いえ……って、ええぇっ!?》


 引っ越し業者は俺たちの姿を見た瞬間、ギョッとしていた。

 俺たちは「へ?」と首を傾げて気づく。


 乱れに乱れまくった髪と衣服、上気した頬と首筋に残る大量のキスマーク。

 それはもうどっからどう見ても事後で……。


《《……》》


 おかげで俺たちは大変気まずい思いをしながら、引っ越し作業をしてもらうハメになった。

 ……で、でも言及はされなかったから!


 フタを開けるまで箱の中身はわからない。

 だから、2分の1の確率でセーフ……ということにさせてくれぇ!?


 それから、昨日いろんなコトをしてしまったソファも梱包され、回収されていく。

 なんかもういろんな意味で恥ずかしすぎて死にそうだった。


 さらに、途中で業者さんに大量の赤ちゃんグッズを見られて、またすごい空気になったりした。

 絶対に”そういうこと”に使うためのグッズだと思われたよねぇ、これ!?


《は、はは……》


 あぁ、もうどうにでもなれ!

 俺はそう開き直るしかなかった――。


   *  *  *


 とまぁ、そんなちょっとした事件? もあったが……。

 引っ越し作業が終わり、スッカラカンになった家へと別れを告げる。


《今までありがとう》


 そうして、俺たちはその場所をあとにした。

 空港へ行き、飛行機に乗りこむ。


 ちなみにプライべートジェットではないぞ。

 あの事件にひと区切りがつき、俺の身もかなり安全になったから……といっても、まだ護衛はいるが。


《思えば、ずいぶんと長い半年間だったな》


《そうだね。本当にたくさんのことがあったよ》


 俺たちは窓の外を眺めながらしみじみと言う。

 飛行機が走り出し、いよいよ離陸する。


《イロハ、そんなしんみりすることないぞ。また来ればいいんだ。それに……これで終わりじゃない。まだまだこの先もワタシたちの人生は続いていくんだから》


《……うんっ、そうだね!》


 日本でもきっとたくさんのできごとが待っているだろう。

 あるいはそれは、アメリカでの生活よりももっと刺激的な毎日で……。



 ――ばいばい、アメリカ。



 俺は小さくつぶやくように、アメリカの大地へ別れを告げた。

 そして……。


   *  *  *


「――ただいま!」


 また、日本での生活がはじまる――。

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