第384話『葬送の宴』

 集落の真ん中にだれかが横たわっていた。

 人垣を抜け、俺はその人物の顔を確認した。



 それは――俺を「森の外へ連れて行く」と約束してくれた、あの男性だった。



 俺はこれまで、何度も彼の後ろについて狩りへと出かけた。

 だから、一目でわかってしまった。


 森の中は障害物が多く……。

 そして俺は、転ばないようにいつも彼の足元を追いかけて歩いていたから。


’ウソ、ですよね? こんなの、ただ眠っているだけで……’



’――彼は死んだ’



 現実を拒否しようとした俺に、現地民のひとりがはっきりと告げる。

 彼らは俺のようにフィルター越しにものごとを見たりはしなかった。


 まっすぐに、ありのままの世界を見ていた。

 それが、たとえどれほど残酷なものであったとしても。


’あ……あ、あぁ……!?’


 フラフラと歩み寄り、俺は膝から崩れ落ちた。

 彼の手を握った。


 それで、ようやく俺は彼の『死』を認識する。

 その手はまるで蝋のように固く、冷たくなっていた。


’なんで、こんなことに……’


’毒ヘビにやられた’


’……毒ヘビ?’


 そ、そんなことで?

 こんなにもあっさり人が死ぬのか?


 だって、昨日まであんなに元気だったのに!

 それに毒ヘビに噛まれて死ぬだなんて、そんな気配……今まで微塵もなかったじゃないか!?


’森で生きるとは、こういうことだ’


’……っ!’


 そうだ、どうして忘れていたのだろう?

 集落にいるかぎりは安全だと、そう思い込んでいた。


 ここだって危険な森の一部なのに。

 それなのに、ずっと平穏が続くのだと根拠もなく信じていた。


’約束したじゃないですか、一緒に森の外へ行くって。なのにっ……!’


 涙をこぼしかけた俺の肩を現地民のひとりが強く握った。

 その手は震えていた。


’泣くな! 泣けば、彼が安心して森へ帰れなくなる’


 俺は歯を食いしばって、涙を堪えた。


 それから俺たちはみんなで協力して、彼の遺体を中心に祭壇のようなものを作った。

 きっと、それが彼らのお葬式なのだろう。


 さらに彼の住んでいた家を解体し、それを燃料にたき火をした。

 火を囲んで、盛大に騒いで踊った。


’飲め! 食え! 歌え! 宴だ、宴だ――!’


 彼らはみんな大声を出して笑っていた。

 それはまるで、溢れる嗚咽を誤魔化すかのように。


 そして、翌日になると彼の遺体を森の奥へと運んだ。

 現地民のひとりが教えてくれる。



’――命は平等だ。肉も平等だ’



 それが彼らの信条だった。

 当然、人も例外ではない。


’我々は動物を食う。動物も我々を食う。こうして彼は森へと帰り、その一部となるのだ’


 森の中に彼を横たえて、俺たちはその場をあとにする。

 振り返って見た彼の姿は……ひとりぼっちで眠る彼は、とても寂しそうに見えて……。


’大丈夫だ。そのために昨日、たくさん騒いだ’


 頭をわしゃわしゃと雑に撫でられた。

 それは多分、涙がみんなに……いや、彼に・・見えないよう、隠してくれたのだと思った。


 森へと帰る彼を心配させてしまわないように――。


   *  *  *


《イロハちゃん、大丈夫?》


《……》


《イロハちゃん?》


《……あっ、……えっと》


 日課であるシークレットサービスの女性の看病にきた俺だったが、いつの間にか手が止まってしまっていた。

 まだ、頭がぼーっとしていた。


 現実感がなかった。

 もしかしたら、この幼い肉体は相応に感受性も高いのかもしれない。ゆえに……。


《大切な人だったのね》


《……どうでしょうか》


 俺はゆっくりと首を振った。

 べつに、出会ってからそう長い時間をともに過ごしたわけじゃない。だから……。


《大切、とはちょっとちがうかもしれません。ただ、とてもやさしい人でした。わたしが「森の外へ行きたい」って伝えたら、「一緒に行こう」って言ってくれて》


《……そっか。おいで、イロハちゃん》


《でも》


《ケガなら大丈夫だから、ほら》


《……うん》


 コクンと頷いて、彼女へと抱きついた。

 彼女はやさしく俺の頭を撫でてくれた。


 俺は彼女のお腹に強く顔を押しつけながら、わんわんと泣いた。

 ”彼”に聞こえてしまわないよう、声が漏れてしまわないように――。


   *  *  *


 ひとしきり泣いて……。

 ようやく落ち着いた俺は先のことを考えはじめた。


 これ以上、失わないためには行動しないといけない。

 俺は集落の人を順番に当たって、尋ねた。


’どうか、わたしと一緒に森の外へ行ってくれませんか?’


 だが、返答はひとり残らず「ノー」だった。

 俺のママ役である現地民の女性でも、その答えは変わらなかった。


’この場所には、集落を離れたい人なんてひとりもいないよ’


 そう言われてしまった。

 それで、亡くなってしまった彼だけが特別だったのだと俺は知った。


「どうすればいいんだ。……ひとりで行く? ムリだ、そんなの」


 そんなのは自殺行為だった。

 交代で夜の見張りをするには最低でもふたりが必要だ。


「待つしかないのか?」


 協力してくれる人間が現れるまで。

 あるいは、船が偶然に通りかかるまで。


 はたまた――奇跡的にシークレットサービスの女性が回復するまで。


「……それっていつだ?」


 幸いにもムリに急ぐ必要はない。

 彼女も動き回ることはできないが、体調自体は回復していたし。


「だから、しばらくはこのまま……」


 生配信を見逃し続けていることにさえ、目を瞑ればまだ時間はある。

 そう俺は問題を先送りにしようとして……。


 しかし、そんな考えはあまりにも甘すぎたことを俺は突きつけられた。



’――娘、大変だ! 彼女の容態が急変した!’



’……そん、な!?’


 いったい神さまはどれだけの絶望を俺に与えれば気が済むのだろう?

 俺は自分の足元がガラガラと崩れていくような、そんな錯覚に襲われた――。

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