第385話『運命を変える指輪』


’あのっ、彼女は大丈夫なんですか!?’


’さっき、ようやく眠ったところよ。だけど……’


 シークレットサービスの女性がいる家に駆けこむと、看病してくれていた女性がそう答えた。

 眠る彼女の息は荒く、ひどく苦しそうだった。


’ど、どうしてこんな!? 彼女は快復に向かっていたはずじゃ!?’


’わからない’


’っ……!’


 思わず怒りがこみ上げる。

 それを現地民の女性にぶつけかけ……ギリギリで踏みとどまった。


 悪いのはこのこの女性じゃない。

 俺がやろうとしたのはただのやつあたりだ。


 むしろ、彼女は必死に助けようとしてくれている。

 そんな人を責めていいはずがない。


’う……、うぅっ……!’


 それでも感情が抑えきれなかった。

 どうして、どうして!?


 現地民の男性に続いて彼女までこんな状態になって。

 こんなの、いったいどうしたらいいんだ!?


’あの、彼女はまた目を覚ますでしょうか?’


’それもわからない。もしかしたら、このまま目覚めないかもしれない’


’……っ’


’ただ覚悟はしておいたほうがいい。もし次に容態が崩れることがあれば、そのときはきっと……’


’……わかりました’


 俺は静かに頷いた。

 それから、立ち上がって背を向けた。


’待って。どこへ行くつもり?’


’……助けを呼びに行くんです’


’助け? ま、まさか!?’


’すいません、時間がないので’


’ま、待ちなさい!?’


’彼女のことお願いします’


 俺はそう言い残して、家をあとにした。

 病人のそばを離れられないらしく、その女性は俺を追いかけては来なかった。


 それから俺は自分の家へと戻って、カバンをひっくり返した。

 充電切れのスマートフォンや、水没した充電器やバッテリー、ケーブル、空の瓶なんかが地面に転がった。


「これは要る。これは要らない」


’娘、いったいどうしたの? なにをやっているの?’


 異様な空気を察してだろう、家にいたママさんがギョッとした様子で尋ねてくる。

 俺はチラリとだけ視線を向けたが、すぐに作業に戻った。


 使えない電子機器はただの荷物だ。

 けれど、ケーブルについては頑丈なヒモとして使えそう。


 すこしでも荷物を減らさないといけない。余計なものを持って行く余裕はない。

 俺は非力だから。


「ほかに用意しなくちゃいけないのは槍と、替えの糸と針。それから火種を持ち歩く用のたいまつを……」


’娘っ!’


 手を止めない俺を、ママさんは強引に肩を掴んで振り返らせた。

 俺は叫んだ。


’ジャマしないで! わたしは行かなくちゃいけないの!’


’行く、ってどこへ? そういえばあなた、一緒に森の外へ行ってくれる人を探していたわね……まさか!? ひとりで森に入るつもり!? そんなの自殺行為よ!?’



’――だったら! あなたが一緒に来てくれるんですか!?’



’……っ’


 俺は泣き喚くかのように、そう叫んだ。

 ママさんは言葉を詰まらせていた。


’ほら、やっぱり’


 けれど、ママさんに責任はない。

 そして当然、ともに来ることを強制できるはずもない。


 だって、死ぬかもしれないんだから。

 森の恐ろしさは……つい最近も、思い知らされたばかりだ。


 「他人のために命を懸けろ」なんて口が裂けても言えない。

 なら、仕方ないじゃないか。


 ほかにだれもいないんだ。

 自分ひとりでやるしかない。


’危険なことくらいわかってます。でも、そうしないと彼女を助けられない’


 ここでは原因の特定すらできない。

 彼女を救えるとしたら、それはもう現代医療だけだろう。


 あぁ、そうだ。

 そのためにはアレもあったほうがいい。


’森でわたしたちを見つけて、助けてくれたのってママさんですか?’


’……えぇ、私も一緒だったわ’


’そのときのことを詳しく教えてもらえませんか?’


’それは、構わないけれど’


 ママさんの話をまとめると、こうだった。


’ある日、すこし離れた場所から大きな爆発音が聞こえて……’


 それで集落には緊張感が走っていたらしい。

 おそらくはこれが、俺たちが墜落したときのことだろう。


’それからは、危険かもしれないからなるべくそちらへは近づかないようにしていたの’


 ……なるほど。

 亡くなった彼が「あまり来ない」と言っていた本当の理由は、ジャガーではなくこちらだったのかも。


’けれどまたある日、小さな破裂音が聞こえてきて。今度はなにか、と思っていたら……そっちの方角から、歌と音楽が聞こえてきたの’


 俺がジャガーを撃ったときの音だ

 そして、気を失う直前……ケモノ除けになればと思い、VTuberの曲を音量MAXで流した。


’それで、だれか人がいるんだとわかって様子を見に行った。そしたら、あなたたちが倒れていて……’


’そう、だったんですね’


 俺は今さら知った。

 あのとき、自分たちの命を救ってくれたのは――推しの歌声だったのだ。


 いつだってそうだ。俺を助けてくれるのはVTuber。

 けれど、ここに……彼女たちはいない。


’そのとき、わたしの近くに黒い鉄の塊がありませんでしたか?’


’たしかにあったわ’


’それって、どうしましたか?’


 俺が探しているのは拳銃だ。

 アレにはあまり思い出がない。


 だから、ずっと聞かずにいたのだが……。

 今はもう、それどころじゃない。


’アレなら老人たちが「危険だからだれのものにもしない」って言って、川に投げ捨ててしまったわ。川底か、あるいは流されて……どのみち回収はできないでしょうね’


’そうですか’


 処分されてしまったなら、仕方ない。

 アレがあれば多少は狩りや自衛が楽になるし、心強いと思ったのだけれど。


’じゃあ、もう聞くことはありません。手を離してください’


’っ……’


’離してください’


’……’


 するり、とママさんの手が地面へと落ちた。

 俺は背を向けて作業を再開した。


’ママさん、わたしたちを助けてくれてありがとう。今まで本当にお世話になりました……大好きでした’


’っ……。そう、私ではあなたを止められないのね……’


 俺は答えなかった。

 もしも、俺を止められる人がいるとしたら、考えを変えられる人がいるとしたら、それは……。


「うん?」


 そのとき、俺はカバンの中にまだなにか残っていたことに気づく。

 どうやら内ポケットに引っかかっていたらしい。


 取り出してみると、それは……。



 ――彼女・・に渡す予定だったクリスマスプレゼントだった。

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