第64話『世界のルール』

 それから俺たちはいろんな国を旅した。

 とかいうと急にエモい感じになるが、実際には背景を差し替えただけだ。


 そして、各国特有のジェスチャーなどをメインのカメラに向かって行う。

 ようするにこれは写真撮影会だった。


 ドイツでタクシーを呼び止めたときのように、国によってジェスチャーの意味は大きく異なる。

 たとえばガッツポーズがファッキューという意味だったり、オーケーサインがファッキューという意味だったり、裏ピースフォークスはファッキューを意味したり……ってファッキューばっかだな!?


「じつはお願いして、普通に指を動かすだけじゃなく、ちょっと難しい動きとかもできるようにしてもらったんだよねー。たとえば……”がんばって”!」


 人差し指と中指をクロスをしてみせた。

 英語でいうところのフィンガークロスだ。

 普通のトラッキングでは再現できないため、特別にモーションを用意してもらった。


 あんぐおーぐもそれに合わせて「がんばるゾイっ」と両手をギュッとする。

 あー姉ぇは「任せろ」とサムズアップした。


「次はこれ。ダーメ」


 人差し指を「チッチッチ」と振ってみせる。

 あんぐおーぐは「ノー!」と両手でバッテンを作った。

 あー姉ぇはそれに対して、寝転がって赤子のようにダダをこねる。


「儲かっとりますなぁ?」


 俺はお金を数えるかのように、指を擦り合わせる。

 あんぐおーぐは「ウェッヘッヘ」と指で輪っかを作った。

 あー姉ぇは両目を『¥』マークにしてみせた。


>>さっきからイロハちゃんがアメリカのジェスチャーして、おーぐが日本のジェスチャーしてる

>>お前ら、逆だろwww

>>お互い、相手の国への解像度が高すぎるw

>>アネゴwwwwww


 そんなこんなで、旅の最後にやってきたのは……。


   *  *  *


 日本だ。背景には桜や寺が映っている。

 ここが旅の終着点。


「今日は『3Dお披露目&誕生祭』配信に来てくれてありがとう。最後にわたしからみんなへ贈ります。どうぞ聴いてください」


>>まさか歌うのか!?

>>イロハちゃんの歌だって!?

>>これは激レア


 歌は視聴者からずっと切望されていた。

 そのため、じつはあれからボイトレに行ったりと、ひそかに練習を続けていたのだ。


「ミュージック、スタート!」


 ポクポクと音楽? が鳴りはじめた。

 俺は大きく息を吸い込んだ。


「かんじーざいぼーさつ、ぎょうじんはんにゃーはーらーみたーじー、しょうけんごーうんかいくう、どーいっさいくーやく……あ痛ぁあああ!?」


 パコーン、とあんぐおーぐに頭を叩かれた。

 音楽、というか木魚の音が止んだ。


>>お経やんけ!!

>>俺たちの期待を返せ!www

>>今のは日本風のラップというわけじゃないよねw(米)


「おーぐは知らないかもだけど、これは日本に古くから伝わる伝統的な音楽で」


「お経だロ」


「漢文体で書かれてるのを読み上げてたんだけど、まぁわたしのマルチリンガルな能力にもマッチしてるかなーって」


「お経だロ」


「あ、ほかにもマガダ語とかパーリ語とか」


「お経だロ」


「お経です」


 俺は降参した。

 あんぐおーぐが「ほれみロ」とでも言いたげにフフンと鼻を鳴らした。


「チッ、おーぐが日本文化に詳しいことを失念してた。あー姉ぇだけなら誤魔化せてたのに!」


「残念だったナ! 観念しロ!」


「待って? ふたりともあたしがお経を知らない前提で話してない!? さすがにそれくらいはわかるから姉ぇ!?」


 あー姉ぇはさておき。

 がんばったんだよ、俺も。

 しかし、どれだけボイトレに行っても棒読みが改善されることは一切なかった。


 これはもう能力上、仕方がないものなのだろう。

 俺はそう割り切ることにし……そして思いついたのだ。


 じゃあ、最初から棒読みに近いものにすればよいではないか? と。

 これは意外なほどにうまくいった。


 まぁ、じつはお経にも、宗派によっては声明しょうみょうといって歌のようなリズムをつけて読みあげるものがあって、最初はそっちに挑戦したのだが……。

 それはムリだった。


「わたしにはうまく歌えないの。どうやっても」


 俺はその場にうずくまった。

 本当は「割り切った」なんてのはウソだ。ただ諦めただけ。自分にはムリなのだと。


「たしかにイロハはオンチだナ。――だけド!」


「イロハちゃんはひとりじゃないよ! ここには――あたしたちがいる!」


「ふたり、とも」


 あんぐおーぐとあー姉ぇから手が伸ばされる。

 俺はそれぞれの手を掴み、そして立ち上がった。


「「歌おう! 一緒に!」」


「うん!」


 音楽が鳴りはじめ、映像が切り替わった――。


   *  *  *


「というわけで聞いていただいたのは、わたしたちのオリジナル楽曲でしたー」


「みんなー、最高だったよ姉ぇ~っ☆」


「めっちゃいい曲だロ!」


>>最高だったぜ!(米)

>>ここまでのコントはこのための布石だった……?

>>イロハちゃんの棒読みがかわいかったwww


 コメント欄は大盛り上がりだった。

 いやー、よかった。ここが一番の心配どころだったのだ。


 結局、俺の棒読みが直ったわけではない。

 しかし、自分にできない部分はほかの人にフォローしてもらえばいいのだ。


 それにVTuberはなにも、歌のウマさだけが評価されるわけじゃない。

 俺のパートになるたび「ズコー」というコメントが流れていたが、それでもいいのだ。


「それじゃあみなさん、本日はご視聴ありがとうございました。今日はすごく楽しかっ――」


「ちょーっと待った!」


 締めに入ろうとしたところで、あー姉ぇからストップが入る。

 ん? どうしたのだろう? 台本を確認するが、やはりこれで終了のはずだ。


「おーぐ、カモン!」


 あー姉ぇが合図すると、配信画面の映像が暗転した。

 そして舞台に現れたのは――。


《誕生日おめでとう~♪ 誕生日おめでとう~♪ 誕生日おめでとう~イロハ~》


「ハッピーバースデートゥーユ~♪」《誕生日おめでとう~♪》


 誕生日ケーキだった。

 スタジオで、あんぐおーぐが本物のケーキを持って立っていた。

 配信画面にもトラッキングされたケーキのオブジェクトが表示されている。


 俺はポカンと口を開けていることしかできない。

 こんなの事前のリハーサルにはなかったぞ!?


「ちゃんと甘さは控えめだゾ」


「え?」


 それを知ってるのは……。

 そうか、つまり全員がグルだったわけだ。


 これは一本取られた、と俺は笑った。

 そして誕生日ケーキを向いて、大きく息を吸い込んだ。


   *  *  *


 それから数日後。

 俺は中学校の教室で机に突っ伏していた。


 燃え尽き症候群だろうか? 身体がダルい気がする。

 それで休み時間、珍しくイヤホンをして配信を見たりもせず、ダラダラしていたのだが。


「……ん?」


 なんだか視線を感じる。ひそひそとウワサされている。

 耳を澄ましてみるとその内容は……。


 ――イロハは天才以上の怪物だ。


「んんん!?」


 えーっと?

 俺、なにかしたっけ……?

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