第63話『世界一周の旅?』
俺は「ほっ!」という掛け声とともにジャンプした。
それに合わせて背景画像がゴシック建築の街並みへと切り替わる。
「ここがドイツか~。おっ、あれは有名な夢の国にでも登場しそうなお城! けどあそこまで歩くのはちょっと遠いなー。わたし体力ないから。マジで。切実に。よし、こんなときは……ヘイ、タクシー!」
>>急にコントはじまったぞwww
>>なにか聞こえないかい?(西)
>>カラコロ言ってんな
配信画面の外から空気イスをしながら、サングラスをかけた姉ヶ崎モネが現れる。
俺の目にはデスクチェアに座り、スタッフに押されているあー姉ぇの姿が見えていた。
「ブイーン、キキーッ! ウィーン、カチャ。”ぐーてんたーく”」
あー姉ぇは口で効果音? を鳴らし、キメ顔を見せた。
>>アネゴ好きだぁあああ!
>>絵ヅラくっそシュールで草
>>俺たちはいったいなにを見せられているんだ(希)
「なんのようかな、お嬢さん?」
「あー姉ぇこそなにしてんの? わたしはタクシーを呼んだんだけど」
「あー姉ぇ? 知らない名前だ姉ぇ。今のあたしはしがないひとりのタクシー乗りさっ☆」
「いやいや、そのしゃべりかた絶対にあー姉ぇじゃん! ていうかタクシーどこ? わたしにはあー姉ぇがオフィスチェアに座って自動車ごっこしてるようにしか見えないけど」
「フッ……さすがにタクシーの3Dモデルは予算出せないって言われた」
「だろうね!? ほら見て、背景すら3Dじゃなくて画像一枚ベタ置きだからね! この番組は予算カツカツでお送りしてますから! あーもう、いいや。じゃあタクシー運転手さん、乗せてもらえますか?」
「ケンカ売ってんのかコラー!」
「えぇえええ!? わたし、まだ声かけただけなんだけど!?」
「……たしかに?」
「納得しないで!? 台本! あそこに書いてあるから! ちゃんと言い返してくれる!?」
>>ワロタwww
>>アネゴほど台本に向かない人間はいないね(印)
>>演技ヘっタクソで草
「えーっと、そうだった! お嬢さん、今、タクシーを呼び止めるために片手を高く上げたでしょう?」
「うん。それがどうかしたの?」
「それはドイツではナチスのヒトラーを連想させるのさ。で、てっきりあたしはお嬢さんに侮辱されたのかと思っちまったってわけさ。チュッ☆」
「余計なアレンジを入れるなコラ」
>>これもう演技じゃないだろw
>>アネゴにつられてるぞwww
>>たしかにドイツではあまり好まれないジェスチャーだね(独)
「わかってくれたならいい。次からは人差し指だけ立てるようにしてくれ」
「気をつけます。えーっと、それじゃあ行き先なんですが」
「ボーっと突っ立ってないで、まずはタクシーに乗ったらどうだい?」
「……はぁ。わかったよ。はい、乗りました」
「待って、ちゃんとドア開けるところからやって! ドイツでは……というか日本以外のタクシーは大抵、自動ドアじゃないから! そこも忠実に再現しないと!」
「急に細かいな!? そこまでは求めてなかったんだけど! はいガチャっ、バタン……あの、空気イスがめっちゃツラいんだけど。すいませーん、これと同じやつもう1個くださーい」
>>居酒屋かな?
>>とりあえず生で
>>あと、せせりの串とだし巻きも追加でー
「それで、行き先は?」
〔ノイシュヴァンシュタイン城までお願いします〕
「?????? おっけーわかった!」
>>絶対わかってないwww
>>なんだこれは海外旅行講座なのか?
>>ん? どうしてタクシーを降りるんだい?(捷)
あー姉ぇはイスから立ち上がり、ダーツを手に取った。
画面の端っこにずっと映っていた世界地図へ、それを放った。
「行き先はアメリカに決定!」
「おい!」
俺が止めるまもなく、あー姉ぇは俺の背後へと回り込んだ。
そのままイスを押して走りはじめた。
キュリキュリとコロ走行の音を鳴らしながら、俺たちは配信画面から消えていった。
場面転換がおこなわれ、辿り着いた先は……。
「やっほー、おーぐ。遊びに来たよー」
《!?!?!? なっ、なんでお前らがワタシの部屋にいるんだ!?》
あんぐおーぐの部屋だった。
じつに墓場チックな内装だった。
「うわー、本物のおーぐの部屋だー! すごーい!」
あんぐおーぐはゾンビだ。
墓から蘇った直後に警察官に職質された彼女だったが、まだ「Uuuuunnnngg」「OOOOAAARRGGHH」とうめき声をあげることしかできず、それをテキトーに名前として処理されてしまった。
そして現在は、生前の自分を知る人を探して配信している。
……という
さすがチャンネル登録者数が多いだけのことはある。
お金がかかっているのが一目でわかる部屋。先ほどまでの2D背景からは一転、3D空間だ。
「じつは、かくかくしかじかで」
「なるほどナー。ダーツでタクシーが世界旅行なのカー。……??? これ理解できないのっテ、ワタシの日本語への読解力が足りてないからカ? たしかに海外での移動手段っていったら大体タクシーになるけド」
>>大丈夫だ、俺らにもわからんwww
>>私にもわかりません。ちなみに私は日本人です
>>改めて状況を言語化したら、くっそシュールで草
「まぁ、いいカ。おもしろそうだシ、ワタシも一緒に行ってやル!」
そんなこんなで3人が出そろい、共に世界旅行に行くこととなった。
行き先を決めるべく、あんぐおーぐがダーツを握り……。
「チョット待テ! なんだこのヘンテコな世界地図!? わかりづらいナ!?」
>>それすごく思ってた(米)
>>日本の世界地図はずいぶんと独特だねw(墨)
>>世界の中心は日本じゃないよwww(尼)
「これじゃあ真ん中がほとんど海になるダロ。ダーツするにもなにするにモ、非効率すぎル!」
「たしかに!?」
>>言われるまで考えたこともなかったわ
>>慣れってこわい。
>>けど、メルカトル図法ってたしか、航路を表すためのものじゃなかったっけ?
>>じゃあ海が多くて、ある意味正しいのか?
正解なのか、不正解なのか?
考え込みはじめた俺を、あー姉ぇは「大丈夫、大丈夫」と言って笑った。
「このダーツ、海には刺さらないから!」
「たしかニ、すぐそこでスタッフさんがダーツ持って走る準備ヲ……って、そういう意味じゃねーかラ! ハァ~、まぁいいカ。ウラっ!」
あんぐおーぐはノリツッコミをしつつ、ダーツを放った。
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