第258話『圧縮言語と日常会話』


 あんぐおーぐのお弁当にイタズラで『バーカ』と書いたら、なぜか「キャラ弁だ!」とよろこばれたり。

 いよいよ、ソーシャルゲームのリリースが公式から発表されたり……。


 ハイスクールに通いはじめてから1ヶ月が経過していた。

 俺もずいぶんと収録、レッスン、配信、研究協力、その他もろもろな生活サイクルにも慣れたもんだ。


「ところで、ハァ、ハァ……みんなもう事前登録した? したよね?」


>>イロハちゃんが興奮しすぎておかしくなってるwww

>>これだからVTuberヲタクはよぉ……ハァ、ハァ

>>↑鏡見ろwww


「いやー、楽しみだなー。リリースされたら毎日、ゲーム三昧不可避!」


>>イロハちゃん、ゲームしていられる時間あるの?

>>学校もあるし厳しそうだけど

>>というか、いつもどうやってあれだけの配信を視聴してるんだwww


「大丈夫、大丈夫。授業中にプレイするだけだから」


>>全然、大丈夫じゃないが!?

>>ちゃんと勉強してもろて

>>そんなことしてたら、スマートフォン没収されるぞwww


「んー。いや、それはないかなー」


 ハイスクールの良いところは、自由なところだ。

 同時に、悪いところも……自由すぎる・・・ところだが。


 すくなくとも、授業中にスマートフォンを弄るくらいで、怒られるところは想像できない。

 正直、現時点ですら授業中にこっそり配信を聞いていたりするし。


>>最近、勉強のほう本当に大丈夫なの?

>>いざ、日本に戻って受験するってなったとき、すさまじく苦労しそうだけど

>>イロハママ見てるー!? おたくの娘さん、こんなことしようとしてますよー!?


「わーっ!? ち、ちがうからねお母さん!? わたし、ちゃんとテストは良い点を取ってるから!? みんなも早く訂正して! お母さん怒らせると、本当に大変なんだから!」


>>草

>>こういうところは、まだまだ子どもなんだよな

>>けどイロハちゃん、普段ハイスクールでどんな生活してるんだ?


>>正直、わりと本気で心配になってくるんやが

>>そういえばハイスクール自体のことはいろいろ聞いたけど、イロハちゃんがどう過ごしてるのかは知らんな

>>友だちとどんな会話を……あっ。ごめん、なんでもないよ


「だから、いるって言ってるでしょ!? 友だち! アメリカだと基本的に、すれ違ったときは軽く言葉をかけあうからね。みんなが思っているよりも、会話をする機会は多いんだからね!?」


>>学校の同級生、ねw

>>友だちがいる(いるとは言ってない)

>>まぁ、でもアメリカの学生がどんなこと話してるのかは気になるな


「あーもー、わかった。じゃあ、普段どういう風に話してるか再現してあげる。それで”誤解”も解けるだろうし?」


 あと、友だちと明言していないのは、いないんじゃなく……ほら、あれだ。

 どれくらいの距離感から友だちって言っていいのかわからない、みたいな?


「ともかく」


 俺は「ごほん」と咳ばらいをして背景も学校へと切り替えた。

 せっかくだから、会話の音だけを抜き出す。


 だいたい、こんな感じの会話になる……。



「――ヤ」


「――ワ?」


「――ナ。ドゥ?」


「――ヤップ。ホーム」


「――シーヤ」


「――ピース」



>>???

>>想像以上に短くて草

>>すまん、なに言ってるのかさっぱりわからんwww


「それはそう。ていうか、わたしも最初からこんな会話をしてたわけじゃないし」


 しかし、言ったとおりアメリカではすれ違うたびに軽く言葉を交わす。

 その会話まで含めてあいさつなのだ。


 で、当然だがそんなことを毎回していたら、短い休み時間がさらに足りなくなる。

 自然と会話は短縮されていき……。


「今のを翻訳すると、ざっくりこんな感じかな?」



「yo(やっほー)」


「wa?(元気?)」


「no(普通やで). du?(そっちは?)」


「yap(あぁ). home(これから帰るとこ)」


「see ya(ばいばーい)」


「peace(じゃあねー)」



 さらにいえば、微妙に会話が噛み合っていないこともよくある。

 その上で、お互いに流れだけで話しているから気にしなかったり……。


>>こんな会話わかるかぁあああ!?www

>>俺が学んだ英語と違いすぎるんだが???

>>なんか、英語ができることと会話ができることはべつ、の本質を見た気がする


>>一応、わかった範囲で解説しておく。間違ってたらスマン

 yo→yello(helloの砕けた言いかた)の略

 wa→wap(what's upの略)のさらに略

 du→wa do(what are you doingの略)のさらに略

 yap→yesの砕けた言いかた

 see ya→see youの砕けた言いかた

 peace→peace outの略


>>↑英語つよつよニキ、サンクス

>>イロハちゃん学校でこんなにフランクな感じなのか、意外

>>これイロハちゃんは他人の会話を聞いてるだけ説ない?


「そそそ、そんなことないけど!? ちゃんと会話してるし!?」


 複数人から同時に話しかけられて。

 タジタジになって。


 「あの、えと」と言葉を挟もうとするも、だれかが話し終わる前に次の人が話し出して。

 それがまた終わらないうちに、また次の人が話しはじめて。


 最終的に会話から抜け出すタイミングを逃したりなんてしてない。

 してないったら、してない!


「……ただ、会話って難しいよね」


>>あっ

>>イロハちゃんからすさんだ声がwww

>>とくにアメリカは会話のテンポが早いからなぁ


 英語は重要な単語が最初に来る。

 だからかは不明だが、相手の話を最後まで聞くことが少ない。言葉尻を被せてくる。


 逆にアメリカ人からすると、日本語はアクセントがなくて聞き取りづらいそうだが。

 どこが重要なのかわかりづらい、と。


「まぁ、でも……それなりうまくやってるよ」


 そう俺は学校生活のことを締めくくった。

 すくなくとも今は、だが――。


   *  *  *


 そうこうしているうちに、時間は流れ……。

 俺はコメント欄のみんなとともにカウントダウンをしていた。


「3……2……1……ゲーム開始~!」


 いよいよ、ソーシャルゲームのリリース当日が訪れていた――。

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