第120話『前々々々々々々世』

「そうだ、ライブだ……!」


 どれだけチートじみた翻訳能力が優れていようとも、俺の口はひとつしかない。

 同時に話せる言語はひとつだけだ。


 しかし、それでは時間が足りない。

 ひとつの国には伝わっても、ほかの国には伝わり切らない。


 どの言語を選んでもダメだ。

 だから言語ではない、なにかが必要。言葉がわからなくたって伝わる手段が必要。


 ……あぁ、そうだ。

 あのとき・・・・だってそうだったじゃないか!


「やって、やる」


 思い出すのは、前世の最期。

 そう――英語がわからなくても、それでも俺や大勢のファンが見に行こうとしていた”VTuber国際ライブ”のように!


 俺は深く息を吸った。

 そして、震える声で歌い出した。


「イロハちゃんが、歌?」


 横でマイが、驚いた様子でぽつりと声を漏らした。

 コメント欄にも困惑したような雰囲気が漂っていた。


>>この状況で歌?

>>このイロハっていう子、なんで急に歌いはじめたんだ?(英)

>>今、バズってるVTuber発の平和ソングだなこれ(米)


 手ごたえゼロに等しかった。

 それでも俺は声を出す。ただただ必死だった。


 俺は――イロハは歌えない。

 だから、これまで歌ってみた動画なんか出したこともないし、歌枠だって取ったこともない。


>>にしても超ヘタクソやな

>>イロハちゃんオンチやから

>>今、この棒読みを出すのはちょっと、どうかと思うよ?(米)


 コメントで指摘されているとおり、決して棒読みが治ったわけじゃない。

 チートじみた翻訳能力の影響だろう……今もなお、まるでゆったり音声のように抑揚もリズムもない歌未満。


 こうなることは最初からわかっていた。

 それでも、俺は想いを込めて声を出し続ける。


 今の俺にはこれしかできないから、ほかに方法が思いつかないから。

 ただ、願うのだ。


 ――世界に平和を。

 ――VTuberに未来を。


 俺はすでに一度、死を経験している。

 その恐怖と絶望と喪失感を、実体験として知っている。


 ならば伝わるはずだ。伝えられるはずだ。

 死にたくない……その思いはみんな一緒なのだから。


 そして――俺の願いを実現してくれるのはいつだってVTuberだった。

 ふたつの管理者権限スパナ付きアカウントからのコメントが、まったく同じタイミングで流れた。


>>マイ!

>>マイチャン!


 あー姉ぇとあんぐおーぐだった。

 俺と一緒にいるだろう、マイ宛てに文字が打ち込まれていた。


 そこにあるのは名前だけ。

 しかし、それで十分だった。すべてが通じた。


 マイが「ハッ」として、すぐさま俺の横合いから手を伸ばした。

 歌うのに精いっぱいな……あるいは、歌うだけで精々・・の俺に代わってパソコンを操作する。


 配信と、そして俺のヘッドフォンに音源が乗った。

 メロディが俺を支えてくれる。


 意識は朦朧とし、すでに自分が今どの言語・・・・を使って歌っているのかもわからない。

 それでも俺は、VTuberが作曲してくれたその音楽とともに歌い続ける。


>>なんだこれ、めちゃくちゃだなwww

>>さっき英語で……あっ、日本語になった、それで今は……韓国語か?

>>イロハちゃんの脳みそどうなってんねん


>>けどオレ、英語の歌詞ならさっき聞いたからわかるぜ!(米)

>>ほかのVTuberが上げてた動画に歌詞乗ってたもんな(韓)

>>俺も日本語なら、概要欄からコピペしてきたのがあるぞ!


 先陣を切って動いたのは、やはりあのふたりだった。

 コメント欄であー姉ぇが日本語、おーぐが英語で歌詞を打ち込んでいた。


 それがほかの視聴者の目にも留まったのだろう。

 みんながそれに追従した。


 日本語、英語、韓国語、ドイツ語、フランス語、イタリア語……もはや数え切れない。

 あらゆる国の言語でみんなが歌っていた。


 気づけば、すぐとなりからも声が聞こえている。

 マイがぽろぽろと涙を流しながら歌っていた。


 パソコンの前で、あるいはスマートフォンの前で、はたまたテレビの前で……。

 俺は今、世界中のみんなと言語を超えて合唱していた。


「――――――!」


 気づけば、俺の歌声は変化していた。

 だんだんと棒読みではなく、正しく曲のリズムに乗り、抑揚を伴っていく。


>>おい、これはいったい何語なんだ?

>>わからない(米)

>>私もわからない


>>翻訳機にかけても不明のままだ

>>じゃあ――なんでなんだ!?

>>俺だってわからないよ! わからないのに……なぜか、わかるんだ(基)


>>オレも彼女の言葉がわかる(単)

>>私もどこかで聞いたことがある気がする(宇)

>>僕らはどこでこの言葉を聞いたんだろう?(露)


 あぁ、そうか……そうだったんだ。

 俺はずっと探していた。ずっと疑問だった。


 日本語ですら棒読みになるのはなぜか。

 このチートじみた翻訳能力は、いったい”ナニ”を日本語やほかの言語へと翻訳していたのか。


 ウルドゥー語を聞いたって、いったいいつだ?

 それは……どれほどの過去・・・・・・・だ?


 俺はこれまで数々の言語を”今”、習得してきたのだと思っていた。

 けれどもはや、それだけでは説明がつかなくなっている。


 それこそ――思い出す・・・・ならともかく。


 ……俺は忘れていただけなんじゃないか?

 前世の記憶と同じように。


 俺は前世の俺に触れ、記憶を思い出した。

 それと同じように言語も……その根幹たる文法や、多くのインプットをトリガーにして思い出していただけなのでは?


 だから、段階的ではなく、オンとオフのような両極端がほとんどだったのでは?


 あぁ、そうだ。

 なぜ、気づかなかったんだろう……!


 前世があるのならば――さらにその前・・・・・・があったという可能性をなぜ考えなかったのか!


 前々世、前々々世、前々々々世……。

 歌とともに次々と記憶を遡っていく。


 その果てに俺は辿り着く。

 あぁ、そうだ。俺は、俺たちは――。

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