第48話『受験、後半戦!』

「――ロハ……イロハ!」


「はい!?」


 名前を呼ばれて飛び起きる。

 って、あれ? ここはわたし・・・の部屋か。


「よかったぁ~。大丈夫なの? あんた、すごくうなされてたわよ。なにがあったか覚えてる?」


「あー、そっか。試験中にダウンして……」


 試験終了後、異常に気付いた試験官が母親を呼び出してくれた。

 そのまま俺は母親に連れられて病院まで一直線。診察を受けて、薬を飲み……。


 見れば、窓の外から朝日が差し込んでいる。

 どうやら今までぐっすりだったらしい。


 身体は、昨日の体調不良がウソのように楽になっていた。

 逆に母親のほうは目の下にクマができている。ずいぶんと心配させてしまったらしい。


「どうする、イロハ? もし体調がツラいなら今日の試験はお休みしても……」


「いや、受けるよ」


「たしかにお母さんはあんたに受験して欲しいとは言った。けれど、それはあんたの将来のためになると思ったからよ。今ここでムリをして身体を壊したら元も子もない。だからもし、あんたがお母さんのために試験を受けようとしてるなら……」


「ちがうちがう。本当にもう大丈夫なんだって。それに受験も、わたしなりの考えがあってやってることだし」


「そうなの? ……わかったわ。それなら準備はお母さんがしておくから、あんたはギリギリまで寝ておきなさい」


「ありがとー」


 ぼふんと身体をベッドに預けて目を閉じる。

 不安はなかった。というかまぁ、3日目の試験って……。


   *  *  *


 試験3日目――英語。


《一応確認するけれど、イロハさんは本当に帰国子女ではないんだよね?》


《ちがいます》


《ではご家族に英語圏の人がいたりは?》


《しません》


《信じられない。すごいな。てっきりボクはネイティブの女の子がやってきたと思ってしまったよ。帰国子女向けのテストはここじゃないよ、と伝えなければならないなと考えていた》


《お褒めいただきありがとうございます。趣味でよく世界中の友人とおしゃべりしているので、その影響が大きいのだと思います》


《今の時代だと、やっぱりゲームかい?》


《そうですね。よくオンラインでゲームをしています》


《ボクはいつも我が子に『ゲームはほどほどに』なんて言って怒ってしまうんだけど、考えを改めたほうがいいかもしれないな》


《あはは、わたしも勉強は大切だと思います。ただ、ゲームにせよ勉強にせよ、楽しんで続ければそれはスキルになりえると思います》


《なるほど。とても利発な子だ。これなら午前のライティングとリスニングも余裕だったんじゃないかい? キミのような子がウチの学校に合格して、入学してくれることを期待しているよ》


《わたしもそれを願います》


《以上で本日の試験は終了です。ありがとうございました》


《こちらこそありがとうございました。失礼します》


 握手を交わして、退室する。

 扉を閉め、ホッと息を吐いた。


 手ごたえは悪くない、と思う。

 高校、大学、バイト、就職、転職。面接の経験ならそれなりにある。

 こういうのは面接官に気に入られたら勝ちだ。


 話は盛り上がっていた。

 しいていうなら志望動機が完全なでっちあげなので、そこが弱いのだけ心配だが。


 こうしてすべての試験が終了した。


   *  *  *


 そして2日後、合否発表の日。


 俺は母親とともに大きなボードの前に立っていた。

 ボードにはまだ布が掛けられており、その内容をうかがい知ることはできない。


 14時59分……58秒、59秒。

 教員が腕時計から視線を上げ、俺たちを見渡す。


 ボードの前にはほかに何組もの親子が集まっていた。

 だれかが消し忘れたのだろう、ピピピピピとアラーム音が鳴り響いた。


「結果を発表いたします!」


 バサっ、と布が剥がれた。

 そこにはズラリと数字が並んでいる。俺の受験番号は、えーっと……。


「おわっ!?」


 唐突に、母親に抱きしめられた。

 ちょっ、苦しい苦しい! 見えないし!

 タップしてその腕を緩めさせようとしたとき、ぽたりと一滴の雨が降ってきた。


「イロハっ! イロハぁあああっ! やったね! ……やったねぇ~、よかったね~~~~っ! 合格だって! 番号、あるよ! イロハっ……イロハぁっ!」


「……もうっ」


 もはや文章の体をなしていない声に、苦笑する。

 俺よりもずっと母親のほうが真剣だったし、心配だったのだろう。


「大丈夫だって言ったでしょ」


 ちょっと恥ずかしいが、母親を抱き返しポンポンと背中を叩いてやる。

 母親はいっそうわんわんと泣き出した。


「あんたは自慢の娘よぉ~! びえぇ~~~~ん!」


「ちょっ、恥ずかしいから! そんな大声で褒めなくていいから!」


 母親の腕の隙間からボードが見えた。そこには俺の番号がたしかにあった。

 そして、その横には『特待生』の文字が書かれていた。


 俺は思った――”予想通りの結果”だな、と。

 まぁ、途中で体調不良になったときだけは本気でちょっと焦ったけど。


 いったい俺がなぜ難関中学に合格できたのか?

 しかも最小限の勉強だけで。


 そんなことを可能とした”ウルトラC”とはいったいなんだったのか。

 それを説明しようと思う。

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