第152話『中学2年生の最後』

 ラジコン配信したり、手話配信したり。

 音声読み上げソフトを使った企画……トゥイッターに投稿された制作物を見たり。


 あとは、歌うことはムリだけど踊ることはできるので、ライブのイベント用に振り入れをしたり。

 そんなことをしていたら、あっという間に2週間が経過していた。


 中学3年生への進級も間近に迫っていた。

 俺は改めて耳鼻咽喉科を訪れて、診察を受け……。


「あれだけ注意したのに、キミ配信していましたね!?」


 あっ!? そ、そうだった!?

 俺は医者に恐ろしい形相で詰め寄られていた。


 あれだけ注意されていたのに、完全に忘れていた。

 いやでも、それはあくまで「しゃべるな」っていう意味だったんじゃ?


 だから、声を出さなければ配信の有無は重要ではないはず。

 そんな視線を送っていると、医者は「はぁ~」と大きなため息を吐いた。


「あのね、人の喉っていうのはキミが思っているよりもずっと、無意識に動いちゃうものなの。たとえば文字を読んだり、音楽を聴いたりするだけでも。……って、このあたりのことも説明したはずなんだけど」


 あっれぇ!? そうだっけ!?

 てことは、もしかして俺って結構ヤバいことしてた?


「まったく、今さら焦っても遅いよ。……もしこれで完治してなかったら、本当に、叱るだけじゃ済まなかったんだからね?」


 医者は怒った表情から一転、笑みを浮かべた。

 と、いうことはつまり。


「おめでとう、イロハさん。そろそろ声を出しはじめても大丈夫だよ」


「……!(ブンブンブン)」


 俺は何度も頭を下げてお礼を示した。

 って、そうだった。もうしゃべってもいいんだった。


「あ~、あ~、んんっ。ありがとうございました、先生」


「いいえ。けれど、まだもうしばらく定期的にウチには通ってくださいね。それと、許可が出たからといって絶対にムリはしないこと。声帯結節はとても再発しやすいので」


「わかりました」


 急がば回れ。

 ムチャしてケガをするのが一番遠回りになることを、今回の件で痛感したからな。


「あと、喉を傷めないためには保湿が大事ですからね。ボイスケアも継続してください。痛めてからやっても遅いんですからね?」


「はい。まぁ、監視されてるので」


 元々、あー姉ぇたちに言われて加湿器はつねに動かしっぱなしだ。

 それに加えて現在は1日2回、生理食塩水を入れた吸入器で喉のケアをしている。


 ぶっちゃけ、面倒くさくないと言えばウソになる。

 だが、マイやあんぐおーぐから時間になるたび「ちゃんと吸引した?」と確認のメッセージが届くもんだから、サボろうにもサボれない。


「いいお友だちを持ちましたね」


 医者の微笑ましそうな視線を、俺は頬を掻いて誤魔化した。

 体調不良でもないのに、すこしほっぺたが熱くなっていた――。


   *  *  *


 病院からの帰り道。

 タクシーの中で母親が話しかけてくる。


「ほんと、治ってよかったわね。長引いてたら、もしかしたらアメリカ留学できなくなってたかもしれないもんね。あんた、あんなに行きたがってたから」


「だね~。すぐ病院行ってよかったよ」


「ところで、聞いたわよ?」


「へ、なにを?」


 母親がなにやらニヤニヤとしながらこちらを見ていた。

 ハッ!? まさか!?


「あんた――不老不死・・・・になったんだって?」


「ぎゃぁあああ~!? ななな、なんでそれをぉおおお!?」


 俺は顔を真っ赤にして母親に掴みかかる。

 いや、どこから聞いたかなんて答えはひとつしかない。


「まさか、お母さん……ひとりで、いつもの先生のところに聞きに行っちゃったの!?」


「あんたが正直に言わないのが悪いんでしょ。『娘の身体のことが本当に心配で』って泣いてたら、はっきりとは教えてくれなかったけど、ぼんやりとは教えてくれたわよ?」


「患者のプライバシーはどこへ!?」


「あんた未成年。お母さん親権者」


「そうだった!?」


 完全にやらかした。

 事前に「親には言わないでください」と口止めしておくべきだった。


 とはいえ先生としても、母親に泣きつかれてアレを黙り続けているのは心苦しかったにちがいない。

 プライバシーとの折衷案がこの結果なのだろう。


「絶対、マイたちにはナイショにしておいてよ」


「べつにいいじゃない。教えてあげなさいよ」


「イーヤーだー!」


「あらら、すねちゃった」


 俺はそっぽを向いて、窓枠に頬杖を突く。

 今、思い返してみると後悔しかない。


 ほんと、どうして俺はあんなことを本気で信じてしまっていたのか――。


   *  *  *


「あ、イロハちゃんぅ~! 病気じゃなかったんだってねぇ~。本当によかったよぉ~!」


「お母さぁあああん!?」


 俺は崩れ落ちた。

 当然のように、家に遊びに来たマイに話が回っていた。


 どいつもこいつも、口が軽すぎる!

 俺の個人情報はフリーコンテンツか!?


「でも……ふふっ、イロハちゃんも子どもっぽいところあるんだねぇ~」


「や、やめろ! 聞きたくない!」


「あのねぇ~、イロハちゃん。そういう思い込みや勘違いをしちゃうことは、だれにだってあると思うのぉ~。とくにマイたちくらいの年齢だとねぇ~」


 マイはなぜか非常にやさしい笑みを浮かべていた。

 そんな目で俺を見るな!


「だって、イロハちゃんは今、中学2年生なんだしぃ~」


 お、おい待て。

 マイ、お前いったいなにを言おうとしてる!?


 頼むから、その先は言わないでくれぇ!

 しかし、俺の願いは届かず、マイは非情にも決定的なひと言を突きつけた。



「イロハちゃん、こういうのをね――”中二病”って言うんだよぉ~?」



「イーヤーーーー!」


 俺は耳を塞いでうずくまった。

 恥ずかしさで顔が真っ赤になっていた。


 あぁっ、もう! なんでこうなった!?

 この恥は墓場まで持っていくと、決めていたのに――!


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