第153話『終わりの合図』
話はすこし前にさかのぼる。
具体的には、マイに身長が伸びていないことを指摘されたころ。
「先生、もしかしてわたしって、このまま成長しない可能性とかありますか?」
「急に『診療して欲しい』ってひとりで来たから、なにごとかと思ったら」
俺はいつもお世話になっている病院を訪れていた。
もう付き合いも長いもんで、会話はかなりフランクになっていた。
え? 診察を受けて”不老不死”がバレたらどうするのかって?
いや、俺も普段ならわざわざこんな、面倒でリスクの高いことをしないのだが……。
今回の事態は、俺にとっても
それこそ文字通りに。
「どうしてそう思ったか聞かせてくれるかな?」
「じつは……」
俺は事情を説明した。
身体測定の結果が去年と同じだったこと。けれど、先生も知ってのとおり初潮はすでに来ていること。”成長期”にこれはいくらなんでも異常なのではないか、と不安を覚えたこと。
「先生! もしかしてわたし、なにかの病気なんでしょうか!?」
「……なるほど」
先生はとなりに立つ看護師にちらりと視線を向けた。
なにかアイコンタクトしている?
「たしかにそういう症例も存在するね。あるいは投薬の影響で成長が遅れている、という可能性もないではない。とりあえず一度、今の身長を測ってみようか」
看護師が身長計を引っ張ってくる。
促され、俺は身長計に立った。ついでに体重なんかも一緒に量られた。
「はい、いいよ。イロハちゃんは身体測定の結果、何センチって言ってたっけ?」
「あ、これ。一応、持ってきました」
口頭で説明するより早いだろう、と身体測定の結果を記した紙を手渡す。
念のために、小学校の分までまとめて。
医者はそれを見て、「んっ?」と首を傾げた。
それから、じぃ~っと用紙とにらめっこしたあと、こちらを見た。
「よく聞いてね。まず、イロハちゃんの身長だけど……
「はい?」
「すくなくとも今、測ったかぎりでは若干だけど伸びてる。おそらく学校での結果は、測り間違いか、計測時の誤差じゃないかな? 器具や時間、体調によっては起こりうることだから」
「はいぃいいい!?」
えっ!? の、伸びてる!?
待て、だとしてもおかしいことにはちがいない。
「だからってそんな。誤差で収まる範囲しか身長が伸びないなんてこと、起こりうるんですか?」
「たしかにほかの子と比べると伸びがとても小さいね。ただ、見せてもらったかぎり、それは今年だけじゃなくて元々じゃないかな? たしかにそれは心配だし、念のために詳しく検査しておいたほうがいいけれど」
そんな「元から」だなんて言われると反論しづらいのだが。
だとしても……。
「まだ初潮が来てから2年弱しか経ってないんです。むしろ
「んんっ!? あ~、なるほど。イロハちゃん、それは大きな誤解だね」
先生がどこか「得心がいった」という風にこちらを見ていた。
なにか間違えたことを言っただろうか?
「イロハちゃん、”初経”は第二次性徴期の始まりの合図、ではないよ?」
「それはどういう?」
「むしろ、初経は――成長期の
「はいぃいいい!?」
「だから初経後に、身長が伸びにくくなるのは普通なんだよ」
先生は「第二次性徴期の一番”最後”に起こるのが初経だから」と述べた。
ちなみに男子の場合は声変わりがそれにあたる、と。
「ええっと、じゃあ身長が伸びてなかったのって、成長期がもう終わってたってだけ? というか、『まだ成長期が来てない』と思っていた時期こそ、わたしの成長期だったってこと?」
「微妙に成長期と第二次性徴期を混同しているようだけど、まぁそういうことだね。さらにいえば『まだ』どころか、それこそが成長の『ピーク』だね。初経の直前って、もっとも伸び率が高くなるから」
「ノォオオオオオオ!?
俺は崩れ落ちた。
つまり、もしかして全部、俺の勘違い!?
「おそらく、そのピーク時と比べたから、イロハちゃんのお友だちも今年は全然、身長が伸びてないって思っちゃったんじゃないかな?」
「じゃあ、わたしがべつに不老不死になったりしたわけじゃ」
「え? 不老不死?」
「あっ」
慌てて口を塞ぐがもう遅い。
医者と看護師は生暖かいものを見る目をこちらに向けていた。
「イロハちゃん。とても驚くかもしれないけれど……じつは”現実”にはね、永遠の命は存在しないんだよ。すくなくともボクは長年医者をやっているけれど、一度も出会ったことはない」
ぎゃぁあああ!?
顔から火が出そうだった。
そんなたしなめるように言わないでくれ!
これじゃあまるで俺が、ファンタジーが実在すると信じてしまった中二病患者みたいじゃないか!
……ん? あれ?
もしかして、そのとおりなんじゃ。
「でも先生だって神さまは信じてるって」
「どちらかを信じたからって、もう片方も実在するとは決まらないんじゃないのかな? すくなくとも不老不死は神さまとちがって物理的なものだし、証明もできそうだけれど」
「た、たしかに」
「すくなくとも毎月、お腹が痛いって文句垂れながらピル飲んでるイロハちゃんとは無縁そうだけどね」
「おいこら」
「おっと失礼」
笑ってしまって、気が緩んだのだろう。
指摘すると「言いすぎた」と先生がウインクで謝罪してくる。
「だから、まぁ――ようするに、成長期のピークがもう過ぎていた、というだけの話だね」
「うっ」
俺は思った。
今この瞬間、ここに黒歴史が生まれた、と。
なんで、不老不死が実在するだなんて妄想を信じ込んでいたのか。
そんなこと、常識的に考えればありえないのに。
1つファンタジーなことを経験したから、すべてをファンタジーで考えてしまう。
もしかすると人が詐欺や新興宗教に引っ掛かってしまうのって、こういうことなのかもしれない。
「まだ成長期が完全に終わったわけじゃないから、すこしずつだけど毎年、身長は伸びるんじゃないかな」
「そ、そうですか」
「まぁ、いくらなんでも
「ですよね~! さすがにそれはありえないですよね~!」
先生とふたり「「ははは」」顔を見合わせて笑う。
結局、俺の”不老不死”は勘違いだったらしい。
「一応、もともとの身長の伸びについては、成長ホルモンに異常が出ているという可能性も捨てきれないし。紹介状を書くから詳しい検査を受けておいで。おそらく結果は1ヶ月以内には出るから……」
と最後に先生は述べた。
* * *
まぁ、結局、その検査結果も『異常なし』で……。
今に至る。
「イロハちゃんの中二病~」
「うるさい」
俺はマイにぶっきらぼうに答えた。
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