第154話『日本移住』

 それから数週間後。

 俺は無事に中学3年生へと進級していた。


 学年が変わればクラスも変わる。

 進学校ではあるものの、ウチの学校も例外ではない。


 能力でクラス分けをしているわけじゃないから。

 といいつつ、授業単位ではそういうことも全然あるのだが。


「まぁ、そもそもが全員めちゃくちゃ優秀だからね~」


 俺は配信上でのほほんと述べた。

 今じゃすっかり喉もよくなって、地声で配信できている。


>>中学受験を乗り越えた猛者の集まりだもんね(韓)

>>他人ごとみたいに言ってるけど、イロハお前もその中のひとりなんやぞ

>>そろそろ、みんな受験勉強とかはじめてるのかい?(米)


「勉強自体はもとから、みんなめっちゃしてるけどね。さらにスパートかかってる気がする。学校帰りにそのまま予備校に行く人とかも、増えたかも」


>>やべぇ、俺まだ受験勉強はじめてないわ

>>そろそろ予備校とか通わないといけないよなぁ

>>けど予備校ってめっちゃ高いやん


 正直、私立中学なだけあって、ウチの生徒は裕福な家庭の子どもが多い。

 しかし、そうでなくても予備校に通っている子はいて……。


「あ~、わかる。予備校高いよねぇ~。ただ、あんまり大きな声じゃ言えないけど、ウチの学校の生徒だと予備校めちゃくちゃ割引が利いたり、タダで学習室が使えたりするんだよね」


>>なにそれズルい、ひいきじゃん

>>あーでも理由わかる気がするな

>>合格者数を稼ぐためか


「まぁ、そういうこと。難関高校に合格する可能性が高い生徒は、むしろタダでも通ってくれたほうが実績になるから。ウィンウィンになりやすいんだよね」


>>イロハちゃんも予備校通ってるの?

>>語学はむしろ教える側に回れそうやがwww

>>そもそも受験勉強してるの?


「ちょっと前にみんなにも報告したけど、近々アメリカに留学するから。本格的な受験勉強は帰って来てからでもいいかなぁ~って。べつに難関高校を目指してるわけでもないし」


>>受験勉強がイヤだからってサボる口実だろw

>>お前は留学したところで、とくに学ぶことねーだろ!

>>だれも信じてなくて草


「ひどい」


 実際、VTuberのイベントに参加するためだから、なにも否定できないけど。

 とはいえ、進路をまだ決めていないのは本当。


>>難関高校を目指してない←なお、語学一本ならどの学校でも入れる模様

>>↑これ

>>それにイロハちゃんの場合、ぶっちゃけ義務教育終わったら学校行く必要ないまであるしな


 日本の高校、アメリカの高校、それ以外。

 結局、一番最後どこに辿りつきたいかによって正解も変わってくる。


 ある意味、俺の留学はその判断の先延ばしでもある。

 アメリカでの生活の間に、その判断材料でも見つかってくれたりしないかなー、なんて。


「そのあたりのことは、任せた。未来のわたし」


 いずれは決断しなければならないが……。

 今はまだ、直近のことで頭がいっぱいだ。


「おっと、そろそろ時間だ。じゃあ今日はここまで。明日はちょっとドタバタしてるけど、明後日はみんなも配信を楽しみにしてくれていいよ」


>>いよいよアレか(米)

>>待ち遠しくて仕方ないwww

>>明日はお楽しみですね^^


「変な言いかたすんな!? それじゃあ、”おつかれーたー、ありげーたー”」


>>おつかれーたー

>>おつかれーたー(米)

>>おつかれーたー(韓)


 言って、配信を閉じる。

 俺は「ふぅ~」と息を吐く。


 4月某日。俺がアメリカへ行くまで、残り約1ヶ月。

 これから忙しくなるというのに、すこし笑みが浮かんでしまうのはなぜだろう――。


   *  *  *


 そして、翌日。

 俺は空港でとある人物を出迎えていた。


「ようこそ、日本へ。おーぐ」


「これから末永くよろしくお願いしまス、だナ! イロハっ!」


「それは、微妙に間違ってる気もするけど」


 俺は笑って、あんぐおーぐからバッグをひとつ預かった。

 いつもの旅行とは異なり、今日の彼女は大荷物だ。


 事前にかなりの量を航空便で送っているそうだが、それでもまだ結構な量だ。

 さすがは”お引っ越し”なだけはある。


「って、ぅおっ!? 重ぉっ!?」


「イロハちゃん、あたしに任せて~。よっと。けど本当によかったね~。おーぐが早めに日本に来られて」


 あー姉ぇが俺からバッグを引き受けつつ、そう笑った。

 俺はむしろ、それには「呆れた」という感想だったが。


「2週間くらい早まっただけだけどナ。やっぱりもうちょっと長ク、日本での生活をイロハもいる状態で体験したいと思ったかラ」


 あんぐおーぐはそう言って、照れたように笑う。

 ほんと、執念深いというかなんというか。


「たった2週間の差でしょ? わざわざ、あっちこっちに掛け合う必要はなかったんじゃない?」


「ムっ! いいんだヨ、ワタシがそうしたかったんだかラ!」


「けど、そのせいでアメリカに仕事を残してきたんじゃ、本末転倒でしょうが。1ヶ月くらいで、またアメリカにとんぼ返りなんでしょ?」


「そ、それはむしろワタシとしても都合ガ……アっ、イヤ!? イロハがアメリカに渡るのとタイミングが被ったのハ、本当に偶然、たまたま、なんだけどナ!?」


「よく言うよ」


「けド、イロハだっテ、ひとりぼっちよりはワタシもいたほうがいいだロ?」


「え? 飛行機の中では配信見てるつもりだし、べつにどっちでも」


「鬼かオマエ!? もっとワタシに構えヨ!?」


「それよりほら、早く。やることが山積みなんでしょ?」


 俺は言って、あんぐおーぐを促した。

 なにせ今日は丸一日、引っ越し作業があるのだから。

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