第235話『シスターの逆襲』

 イリェーナの提案を俺は断ろうとしたのだが……。

 意外にも、そこで助け船を出したのはマイだった。


「イロハちゃんぅ~。そういえば日本でしかできないお仕事がちょっと溜まってたかもぉ~」


「え? そうだっけ?」


「それに夏休み終盤は、アメリカでのVTuber系イベントも落ち着くしぃ~……あと、そういえば日本でやってるコラボカフェの開催期間がそろそろ終了だったような」


「よしっ! 日本に帰ろう!」


「エェエエエー!?」


 イリェーナが俺の心変わりに歓喜? の声を上げる。

 コメントで視聴者が「手のひらドリルかよwww」と俺にツッコんでいたが、知るか。


「まぁ~、約束だったからねぇ~」


 マイはボソリとつぶやいた。

 だれとどんな内容を交わしたのかを、俺は知らない。


「じゃ、じゃあイロハサマ! ワタシとオフコラボしてくださるのデスネ!?」


「いや、それとこれとは話がべつっていうか。推しのご尊顔を拝してしまうことは避けたいし」


「大丈夫デス、イロハサマならそうおっしゃられると思ってマシタ! なのでオフコラボの間、ワタシはマスクにサングラスで完全防備しますカラ!」


「うっ!? ……はぁ~、わかったよ」


 イリェーナの必死さに押し切られてしまう。

 本来、推しからの頼みごとを断るだけでもハードルが高いのだ。


 加えて、コメント欄のこの空気……。

 それに顔を隠してくれるなら、3Dライブの収録とかでもそれくらいのニアミスはなくはない。


 そのときはもちろん、なにも見なかったことにするし、自分に言い聞かせるが。

 確定するまではあくまで可能性なのだ、と。


「じゃあ、景品の受け渡しは後日ということで~! これにて『イロハちゃんの初耳学』配信終了っ☆」


「だいぶ、本来の趣旨から外れてた気がするけどね」


「”まった姉ぇ~☆”」


「”おつかれーたー、ありげーたー”」


「”プヴァーイ”」


>>おつアネゴ~

>>おつかれーた~!

>>またねー!(宇)


 そうして、俺の初耳? を探す企画は幕を下ろした。

 はぁ、ASMR配信かぁ……憂鬱だぁ。あと、憂鬱といえばもうひとつ。


 俺はおそるおそると、振り返る。

 そこには怖い笑みを浮かべたマイが立っていた――。


   *  *  *


 夜、俺は自室でマイとふたりきりになっていた。

 毎晩、恒例の受験に向けた勉強会……なの、だが。


「あの~、マイ?」


「……ふぅ~んだっ!」


 マイがすっかりスネてしまっていた。

 勉強を教えてあげようとしても、そっぽを向いて聞いてくれない。


「あっ、じゃあ今日の勉強会は終了ということで。おやすみ~」


「ちがうでしょぉ~!?」


「えぇー?」


 今日は家庭教師をしなくていいのかと思ってベッドに腰掛けたら、怒られてしまった。

 して欲しいのか、して欲しくないのかどっちなんだ。


「イロハちゃん、マイは『初耳』って言わせたよねぇ~? なのにまだ、景品をもらってないよねぇ~?」


「え、ちゃんとあげたでしょ?」


「お姉ちゃん”が”もらったのぉ~!」


「まぁ、もういいじゃん。今日は疲れたし、早く寝よー? 電気消していい?」


「~~~~!」


 マイがガタッとイスから立ち上がる。

 それから大股でズイズイとこちらへ迫って来る。


「え、なになになに」


 「落ち着け」となだめようとするが、マイにガシッと手首を押さえつけられ……。

 バフンっ、とベッドに押し倒された。


「ちょ、ちょっとマイ? その、動けないんだけど」


 逃れようと身じろぎするが、ビクともしなかった。

 あ、あれ? いつの間にこんなにも力の差が?


「……」


 マイは無言で俺を見降ろしていた。

 ちょうど天井のライトが逆光になっていて、その表情はうかがえない。


「あの~、マイ?」


 あっ、ヤバ。マイの様子がおかしい。

 あと気づいたのだが、ここは防音性の高い部屋で、ふたりきりだ。


 あー姉ぇが侵入して来たときとは異なり、部屋の扉もきちんと閉まっている。

 もし、ここでなにかされても抵抗できない気が……。


「……イロハ、ちゃん」


「マイ、待って。そんな……」


 マイがグイっと身体を寄せてくる。

 えっ、ウソ。俺このまま……!?


 身体が自然と硬直する。ギュッと目を閉じると、目尻から涙が伝い落ちた。

 のどの奥から声がこぼれる。



「――ゃ、ヤダっ……!」



 だって、こんな……俺には心に決めた”たくさんのヨメ”がいるのにぃ~!?

 こんなことしたら浮気になっちゃう~!?


「……って、あれ?」


 いつまで経ってもマイはなにもしてこなかった。

 ちらりと片目を開けて様子をうかがうと……。


「う、うぇえええ~ん! イロハちゃんにヤダって言われたぁ~! 拒絶されたぁ~!?」


 マイがボロボロと涙をこぼして、泣きはじめていた。

 いや、そういう意味ではなかったのだが。


「お姉ちゃんばっかりいっつもズルいぃ~! この前のバーベキューでもイロハちゃんとチューしちゃうしぃ~!」


「いやチューはしてないが!?」


「マイはいつもイロハちゃんのお手伝いもしてるのにぃ~! たまにはマイも労ってぇ~!」


 たしかに、それは一理あるかも。

 俺も相手がマイだから、気楽に接していいと甘えすぎていた部分があるのかも。


「え、えぇっと、わかった」


「じゃあ、チューしていいぃ~?」


「……???」


「だって、マイだけしてないぃ~! おーぐさんとは2回もしたのにぃ~! んちゅぅ~!」


「いや、それは事故で……って、顔を近づけてくるな~!?」


 押さえつけられている俺は逃げられず……。

 ぎゃー! だれかー!? 助けてー!? ホントに襲われるーーーー!?

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