第236話『乱れた服、キスマーク』


 『初耳学』配信の翌朝。

 俺はフラフラと自室を出てリビングに辿りついていた。


「イロハ、オハヨー。って、ナぁ~っ!? どどど、どうしたんだオマエ!?」


「お、おーぐ……ひっく、助けて~!」


 あんぐおーぐの顔を見た瞬間、安堵のあまり思わず涙がこぼれていた。

 俺は気づくと、彼女に抱き着いていた。


「いいい、イロハ!?」


「うわぁ~ん!」


「オマエの、その恰好。いったいなにがあったんダ!?」


 俺はなんとか一晩、マイから自分の唇と貞操を守り切った。

 しかし、その代償は少なくなかった。


「こ、恐かったよ~!」


「お、オウ!? よ、ヨシヨシ~……」


 あんぐおーぐは戸惑いながら、俺の頭を撫でて慰めてくれる。

 と、背後でガチャリと扉の開く音が連続した。


「っと、オハヨー、アネゴ。それからマイも」


「おっはっよ~! いや~、今日もいい朝だね……ってイロハちゃんが泣いてる~!?」


「おはよぉ~、イロハちゃんぅ~。って、いったいどうしたのぉ~!?」


「ひぃっ!?」


 俺はマイから身を隠すようにあんぐおーぐの背に隠れた。

 しかし、なぜかマイは昨日あれだけ・・・・のことをしたにも関わらず平然としていた。


「おーぐさん、いったいなにしてイロハちゃんを泣かせたのぉ~!?」


「チガっ、泣かせたのはワタシじゃないゾ!?」


「……マイ、まさか覚えてないの?」


「……ほぇ~? でもなんだか充足感があるようなぁ~?」


 俺の服装は乱れ、露出した肌には無数のキスマークが浮かんでいた。

 すべてはマイの仕業だ。あのあと彼女は暴走して、キス魔となり……今、思い出しても恐ろしい!


「わたし今日からおーぐと一緒に寝る! おーぐと一緒じゃなきゃヤダ!」


 マイと一緒だと貞操の危機だし、あー姉ぇと一緒だと寝相の悪さで命の危機。

 消去法で、あんぐおーぐしか残っていない。


「な、なんでぇ~!?」


「フっ。すまんナ、マイ。イロハはワタシをヨメに選んだようダ」


「いや、それはちがうけど」


「エーっ!? ちがうのカ!?」


「ということは……たは~っ! 選ばれちゃったのはあたしだったか~っ!」


「それはないかなぁ~」「それはナイ」


 そんな彼女らのやり取りを見ている間に、俺もだんだんと落ち着いて、いつもの調子を取り戻していく。

 しかし、ひとつだけ心に決めたことがあった。


 これからは、ときどきマイにやさしくすることにしよう。

 溜めこんで、まーた暴走されちゃあかなわないからな。


「はぁ……」


 そんな騒ぎに巻き込まれながら、アメリカでの夏休みはあっという間に過ぎていった。

 なお波乱はまだまだ目白押しで、たとえば――。


   *  *  *


 あー姉ぇの提案で、みんなで水着になってアパートに備えつけられているプールで泳いだり。

 しかも、いつも以上にスキンシップが過激で……。


「ちょっ、そんな恰好で引っついて来ないで!?」


「え~? いいじゃんイロハちゃん~っ! ぎゅぅ~っ!」


「おおお、お姉ちゃんダメぇ~!? イロハちゃんはマイのなのにぃ~!」


「べつにわたしは、だれのものでも……、うっ!?」


 マイにまで抱き着かれ、触れたその柔らかなふくらみの成長っぷり・・・・・に怯む。

 コイツ、本当に同級生なんだよな!?


「オマエら、それじゃあイロハが泳げないだロ! まったク!」


「とか言いながら、おーぐも抱きついてきてるし!?」


「ち、ちがうゾ! ワタシはイロハが溺れないようにだナ」


 そんな風にキャッキャウフフ? と炎天下で水に揺られたり……。


   *  *  *


 同じくアパート備えつけのジムで運動させられたり。

 しかし、ジムでの運動は俺にはあまりにもハードで……。


「ぜぇっ、ぜぇっ!? し、死ぬぅ~!?」


「イロハちゃん、ファイト~! イッパ~ツ!」


「も、もうムリ。……バタンキュ~」


 俺は目を回して倒れてしまった。

 しかも、そのあと……。


「ぎゃぁ~!? イロハちゃんが倒れたぁ~!? ちょっとお姉ちゃん、ムリさせないでぇ~! 大丈夫ぅ~、イロハちゃんぅ~!? ここはマイの人工呼吸で……むちゅぅ~!」


「じゃあ、お姉ちゃんも……むちゅぅ~!」


「ナニしようとしてんダ、オマエらー!?」


「と、とりあえず、だれかわたしに水を」


 とまぁそんな風に、健康のためのはずの体力作りで、逆に死にかけたり……。


   *  *  *


 みんなでアメリカ版マンガマーケットこと、マンガコンベンションを一緒に見に行ったりもした。

 そのときはグッズが売り切れると困るので、別行動をしたのだが……。


 再び合流したとき、あんぐおーぐはやけに元気がなくなっていた。

 VTuber事務所が出している公式ブースのグッズを買えて、ホクホク顔の俺とは対照的。


《おーぐ、どうかしたの? もしかして目当ての品が手に入らなかったとか?》


《いや、無事に買えたぞ。ただ、作者さんの会話が聞こえてしまって。これまで「おーぐ×イロハ最高!」って言ってたのに「次回作はイロハ×アネゴありかも」って!? たしかに最近、オマエらやけに仲いいけど!》


《い、いやとくにそんなことは!? って、ん??? 『おーぐ×イロハ』? ちょっと待って、おーぐ。いったい、どんな本を買ったのか改めさせてもらってもいい?》


《さーて、このあとは一緒にコスプレブースでも見に行くかー!》


 なお後日、あんぐおーぐの部屋から大量の『おーぐ×イロハ』モノの同人誌が発掘された。

 中には以前、俺が没収したブツの英語版も含まれており……。


   *  *  *


 みんなで過ごす夏は波乱の毎日だった。

 しかし、そんな日々にも終わりが近づいていた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る