第237話『移動遊園地』
夜の空気に陽気な音楽が鳴り響く。
あたりはまばゆい光のパレードに包まれていた。
「う~ん! もう明日には日本に帰らなくちゃいけないなんて!」
「本当にあっという間だったよねぇ~」
「マイは日本に戻ったあと、勉強サボらずがんばるように」
「うぅ~、イロハ先生がイジワルしてくるぅ~! 遊園地にいるときくらい、現実のことは忘れさせてぇ~」
マイが両耳を押さえてイヤイヤする。
そう。俺たちは今、遊園地に来ていた。
いや、正確には”遊園地が来た”なのだけれど。
なにせ今日、遊びに訪れたこの場所は……。
「アネゴもよく見つけたよナー。近くに”移動遊園地”が来てるなんテ、知らなかったゾ!」
「さすが、こういうことには目ざといというか、なんというか」
「ふっふっふ、まぁね~!」
あー姉ぇがドヤ顔で胸を張る。
近くにあった大型駐車場は、移動式のアトラクションが運び込まれ、すっかり様変わりしていた。
メリーゴーランド、ウェーブスインガー、バイキング、ローラーコースター……。
とても移動式だとは思えないほどにラインナップも充実している。
いったいどうやって運んできたのか、想像しづらいほどの規模だった。
まぁ、ちょっとだけ絶叫系にアトラクションが偏っている気はするが。
「よしっ、次はアレ乗ろう! アレ!」
「ヒっ!? あー姉ぇやめとこう!? あの絶叫マシン、絶対そのうち事故るって!? だってすっごいガタガタいってるし!?」
「へ~! イロハちゃん、絶叫系ダメなんだ~?」
べつに絶叫系がダメなんじゃない!
ただ、そういうのって安全性が担保されてはじめて楽しめるものだから!?
「もう、ワガママだな~。わかったよ、じゃあ観覧車でガマンする!」
「あ、でも小さいからふたりずつでしか乗れなさそうぅ~。ここはぁ~」
3人の目がきらりと光り、バッと構えを取った。
掛け声と同時に腕を突き出す。
「「「”ロック・ペーパー・シザーズ”!」」」
あー姉ぇとおーぐがグー、たいしてマイが出したのはパー。
マイがガッツポーズとともに勝利を噛みしめていた。
「あ、待って。わたし出しそびれたから、やり直しを」
「よしっ、イロハちゃん行くよぉ~!」
「な、なぜゆえ?」
いったい彼女らの間でどういう以心伝心があったのか。
すでにチーム分けが決まっているらしい。
俺はマイに腕を組まれ、ズルズルと観覧車へと引きずられていった。
残されたあー姉ぇとあんぐおーぐは嘆息してから、俺たちのあとについて来る。
「観覧車、ふたりきり、きらびやかな夜景……。その頂上でマイとイロハちゃんは、むふふぅ~!」
えっ、あっ、そっか!? マイとふたりきりになるのか!?
それはマズい、また貞操の危機が!?
《はい、じゃあ乗ってくださいー》
係員さんにギュウギュウとゴンドラに押し込められる。
小型なだけあって狭いしオープン型だ。
「ふたりっきりだねぇ~、イロハちゃんぅ~」
「は、ははは……そ、そうだね」
《それじゃあ動きまーす》
係員さんの雑な合図で観覧車が回りはじめる。
風が頬を撫ぜ、俺たちは夜景をゆったりと楽しみ……ん?
「あれ、ちょっと待って。なんか早くない?」
「た、たしかにぃ~?」
あっという間に観覧車は加速し……。
ブォン、ブォン! と風切り音を鳴らしながら、すさまじい速度で回転するようになっていた。
「「ぎゃあああぁ~!? ぎゃあああぁ~!?」」
俺とマイは振り落とされないように、必死にお互い抱き合ってしがみつく。
お、俺の知ってる観覧車じゃないぞこれ!?
観覧車はあっという間に10周ほどしたあと、停止した。
俺たちはフラフラとゴンドラから降り、崩れ落ちた。
「し、死ぬかと思った!? 観覧車っていうか、思いっきり絶叫マシンじゃん!?」
「イロハちゃんとのロマンチックな雰囲気になるはずだったのにぃ~、うっぷ」
「いや~、あはは~! めっちゃおもしろかったね~! もう1回乗るのもアリだねっ!」
「オマエら、観覧車ごときで情けないゾー」
あとから降りて来たあー姉ぇとあんぐおーぐが平然とした様子で笑っている。
恐いもの知らずや、慣れてる人と一緒にしないでくれ!
「あっ、見て! おいしそうなのがいろいろ売ってる! みんなで分けて食べよ~?」
「「今のアトラクションの直後にぃ~!?」」
「あ~でも、まったくメニューが読めない! とりあえずアレとソレと……」
「オイ、ワタシが説明するからチョット待テ!? こっちがエンパナーダ……具材入りのパン、こっちが揚げたスヌッカーズ、揚げたトインキー、ディッピンドッツァのアイスクリーム」
気づけばテーブルにハイカロリーなメニューが並んでいた。
日本にあるようなもの……チュロスなんかも、こっちじゃあサイズが段違い。そしてどんな場所でも必ず、フライドポテトは売ってるんだな。
「う~ん! おいし~!」
「あのあとでよく食べられるよね……」
俺もあー姉ぇのような鉄の胃袋と、鋼のメンタルが欲しいもんだ。
そんなこんなで時間はあっという間にすぎ――。
* * *
「それじゃあ、おーぐ。また遊びに来るね~!」
「おーぐさんぅ~、長らくお世話になりましたぁ~」
「オウ、達者でナー! ワタシもまた日本へ遊びに行ったときハ、よろしくナ!」
空港であいさつを済ませる。
今回は長期滞在だったとはいえ、もはや慣れたもの。別れはあっさりとしていた。
一番最初、日本の空港で泣きながらあんぐおーぐが別れを惜しんでいたのが懐かしい。
あのときは、そのせいで事故が……いや、思い出すのはよそう。
「それじゃあ、わたしも一時帰国するよ。来週には戻って来るから」
「イロハ、一刻も早く帰って来いヨ!? 待ってるからナ!? 絶対だゾ!?」
「いや……だから、わたしはすぐに戻ってくるんだけど」
なんで次、会えるのがいつになるかわからないあー姉ぇやマイより、俺との別れを惜しんでるんだコイツは。
と、そろそろ時間だな。
「それじゃあ、いざ! 久しぶりの――日本へ!」
そうして俺は久々に日本の土を踏み……。
* * *
<いいい、イロハサマ! おひさし……いえ、はじめまして!>
俺は推しのひとり……イリェーナと対面していた。
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