第234話『約束と同窓会』

「えっ、ASMRぅ~!?」


>>イロハちゃんがデビュー4年目にしてついにASMRしてくれるってマジ?

>>よくやった、いいぞイリーシャ!(韓)

>>さすがイロハスキーのひとり、視聴者の気持ちがわかってる!


 ま、まさか、そんなものを要求されてしまうだなんて。

 イリェーナに指定されたシチュエーションに俺は困惑して……ん? 待てよ?


「いやー、残念だなー。わたしもやってあげたいんだけど、よく考えたらバイノーラルマイク持ってないんだよねー。だから、ASMRできないなー。仕方ないよねー。というわけでべつのシチュエーションを……」


「ト、イロハサマならおっしゃられると思ってマシタ!」


「え?」


「ナノデ、ワタシがダミーヘッドマイクを買ってイロハサマにプレゼントしマス! イエ、プレゼントさせてくだサイ! ゼヒ!」


「!?!?!?」


>>それ100万円以上するんじゃなかったっけ!?

>>オレはイリーシャ古参勢だけど、配信で稼げるようになったらイロハちゃんにバイノーラルマイクをプレゼントしてASMRしてもらうのが夢、って語ってたわ

>>これが札束で殴る物理スパチャか、さすがイロハサマガチ勢は格がちがった(米)


「いやいやいや、いらない! 絶対にいらない! というかもらえないよ、そんな高価なもの!?」


「そう遠慮セズニ!」


「え、えーっとほら、それに! あんまり高いものをもらっちゃうと、贈与税とかも」


「わかりマシタ。デハ、ワタシが自分用に新しいダミーヘッドマイクを購入シテ、古いほうをイロハサマにお譲りするというカタチにしまショウ!」


 イリェーナがめっちゃグイグイ来る! 全然引いてくれない!

 そのとき、あー姉ぇが口を開いた。


「イリェーナちゃん、あんまり無理強いはダメだよ~っ」


「ハッ!? ゴ、ごめんナサイ……ワタシ、興奮してシマッテ」


「あー姉ぇ……!」


 まさか、あのあー姉ぇが俺の味方をしてくれるなんて!

 そう、感謝のまなざしを向け……。


「プレゼントしてもらわなくたって、一緒に使えばいいでしょ~? ――”オフコラボ”で姉ぇ~っ☆」


「ふぇ、ふぇエエエ~~~~!?」


「あ、あー姉ぇえええ!? なに言ってんだぁあああ!?」


 もしかして、あー姉ぇのやつ忘れてるのか?

 俺がリアルで推しとは会いたくないって、あれだけ繰り返し言ってたことを!


「……ナルホド。もしかすルト、ついにそのときが来たのカモ。時期としてもちょうどイイシ」


「イリェーナちゃんまで!?」


 なにか決心でもしたかのようにイリェーナはつぶやいていた。

 ほら!? あー姉ぇのせいで彼女までその気になっちゃったじゃないか!


「さ、さすがにそれは厳しいでしょ? イリェーナちゃんって今も日本にいるんだよね? わたしは今アメリカだし、まだ半年くらいはこっちにいる予定だから……」


「……エッ!?」


「『エッ』?」


「エ、アノ、イロハサマ? 近々、日本に一時帰国されるご予定があるノデハ?」


「……? ないけど?」


「アッレェー!?」


>>そんな予定あったっけ?

>>いや、ボクも知らないなぁ

>>公式やTwitterをチェックしたけど、やっぱりそういう告知はされてないな


「ソ、そんなハズハ……、ソウダ!」


 イリェーナがまるで妙案を思いついた、とでも言う風に声を上げた。

 それからしばし無言になる。


 なにやってるんだろう? それに、どうしてそんな勘違いを?

 そう首を傾げていると、ポコンと俺のスマートフォンがLIMEの新着メッセージを通知した。


『イロハさま、おひさしぶりです! 覚えていらっしゃいますか? 小学生のころ、イロハサマに助けていただいた転校生です!』


「……?」


『イロハサマがウクライナ出身のVTuberをオススメしてくださって以来ですね!』


 あっ、あぁ~! あのときの!

 配信中だしスルーするつもりだったのが、うれしくなってつい、すぐさま返信してしまう。


『ひさしぶりー! どうだった!? イリーシャって子、めっちゃよかったでしょ~!? 元転校生には、わたしがVTuberであることはバレてるから言っちゃうけど、じつはちょうど今、その子と一緒に配信してて!』


『アッ、ハイ。あの、それで、お聞きたいしたいことがあって。イロハサマは近々行われる、小学校の同窓会には参加されないのでしょうか?』


『なにそれ?』


『えっ!? ご存じなかったのですか!?』


 いや、本当に知らないんだけど……。

 俺は「ちょいちょい」とマイを手招きし、小声で尋ねる。


「ねぇ、マイ。わたしたちの小学校って、もうすぐ同窓会があったりする?」


「うんぅ~? あるよぉ~、夏休みの終盤にぃ~」


「えっ。わたし聞いてないんだけど。さてはお母さん、伝え忘れてるな」


「というかイロハちゃん、参加するつもりだったのぉ~? 今はアメリカだし、ママさん行けないと思って伝えなかったんじゃないかなぁ~? イロハちゃんがいないから、マイも欠席するつもりだったしぃ~」


 まぁ、言われてみたら日本にいたとしても欠席を選んでただろうな。

 俺はしばし考え……うん! イリェーナに結論を告げる。


「やっぱり帰る予定はとくになかったよ!」


「エェエエエ~!? ウソォー!? ……デモ、アノ、ソノ」


 イリェーナはなにやら切実な様子だった。

 うっ、推しにそんな声音をされるとツラいんだが。


 かといって、帰る理由はやっぱりないし。

 と、そのとき。


「……はぁ~」


 マイがぽつりとひとつ、息を吐いた――。

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