第233話『新婚サラダ』

「”ドーブロホ・ランコ!” みなサン、こんニチハ……イリェーナ、デス!」


 聞こえてきたのはウクライナ語のあいさつだ。

 イリェーナも俺と同じく、マルチリンガルとして活躍しているVTuber。


 あの事件のとき、ともに停戦を訴えかけてくれたのも今は昔。

 そして彼女はVTuber新時代の立役者のひとりでもあり……俺の推しのひとりでもある!


「キャーーーー! イリェーナちゃーーーーん!」


>>どーぶろほらんこ!

>>おはよう、イリーシャ!(宇)

>>イロハちゃんが一番興奮してるの草


「いいい、イロハサマ、今日はお招きいただきまことにありがとうございマス。こ、こうしてお会いできる日をワタシは心待ちにシテ……」


「こここ、こちらこそ、本日はお越しいただきありがとうございます。なかなかコラボの機会に恵まれませんでしたが、配信はひとつ残らず視聴させていただいており……」


「あああ、ありがとうございマス! ワタシもイロハサマは一番好きなVTuberデ……」


「いやいや……!」


「イヤイヤイヤ……!」


>>なんだこの謙遜合戦はwww

>>日本のサラリーマン同士が、たまに取引先でやるやつw

>>イリーシャ、すっかり日本文化が板についてて笑う


「ちょっとお姉ちゃんも会話に混ぜてよ~っ!」


「ワワっ、すいまセン! 今回の企画……アネゴサンは天才デス! 立案、ありがとうございマス! 先ほどまでの配信も見させていただいてオリ……」


「いや~、やっぱりそう~? あたしも思ってたんだよね~っ☆」


>>アネゴは天才(肌)ではあるよな

>>まぁ、ある意味では天才(笑)だよな

>>もうちょっと人生に頭使って生きたほうがいいぞ?


「いつ見テモ、アネゴサンのリスナーって辛辣ですヨネ」


「ん? まぁ、あー姉ぇだからねー」


「それでイリェーナちゃんは、どんな問題を持って来てくれたのかな~? 最終問題、お願いしますっ!」


「デハ、僭越なガラ……問題!」


 イリェーナから出題されるということは、やはりウクライナ語にまつわる問題だろうか?

 そう予測を立てていたのだが、それは大きく外された。


「イロハサマは先ホド、『給料サラリー』の語源に正解されまシタネ? じつは『サラダ』モ……」


「同じく『塩』が語源、だね」


「エェ、野菜に塩を振って食べたことから来ていマス」


>>瞬殺かと思ったらちがった

>>まずは軽いジャブを入れていくぅ~!

>>これ、英語の問題っぽい?


「デハ、そのサラダに関シテ。たった1種類の野菜だけを使って作られる『ハネムーンサラダ』という料理が存在しマス。デハ、その材料とはなんでショウ! 理由も合わせてお答えくだサイ!」


 あー姉ぇが直前にチョイスしていた『塩』の問題は、このための布石か。

 しかし……。


「な、なんでよりによってこの問題!?」


「じつはワタシ、最近は英語も学んでイテ……その中デ、おもしろいものを見つけたノデ!」


>>ウクライナ語、ロシア語、日本語に加えて、英語まで!? マルチリンガルだぁ……

>>イロハちゃんのせいで感覚狂うけど、めっちゃすごいよね(宇)

>>しかもまだ、イロハちゃんと同じく中学生なんやろ?


>>たしか今も日本に滞在中なんだったかな?(米)

>>学校で英語の勉強させられるから、それで覚えたのか

>>ちがうぞ。イロハサマがアメリカ行きしたからやぞ


「いや、べつに理由を聞いてるんじゃなくって!?」


「あっれ~? イロハちゃん、もしかして答えわからないの~?」


「こ、コイツ!」


 ちがう、逆だ。

 答えがわかってしまった。


 ――だから・・・、答えたくないんだ!


「だいたい、これって問題っていうか……ナゾナゾでしょ!?」


「さぁ~? どうだろ~?」


「イロハサマ! サァ、どうかお答えヲ! アネゴサンもBGMとBGSをミュートにしてくだサイ!」


「よっしゃ任せろ~!」


「うっ!?」


 シンとした静寂に包まれた。

 コメント欄にも答えを知っている人がチラホラいるらしい。

 文字から「ワクワク」と期待している様子が伝わってくる。


 お、俺は……。


「……ふ」


「ふ?」「フ?」



「ふたり――の、バカぁあああ~! こんな”恥ずかしいセリフ”言えるか~っ!?」



「えぇえええ~!?」「エェエエエ~!?」


>>草

>>イロハが吠えたw

>>まぁ、この問題……進むも地獄だもんなwww


 イリェーナはピュアで、すごく”翻訳少女イロハ”を慕ってくれているやさしい子だと思っていたのに!

 まさか、こんなにズルい問題を持って来るなんて!


 今回の答え、ハネムーンサラダに使われる食材とは『レタス』だ。

 なぜかって? その理由は……。



 ――ふたりきりにしてレット・アス・アローン、だから。



 レット・アス・アローン……レタス・アローン……。

 ……レタスだけ。


 なんで不正解だけじゃなく、正解のときまでこんな罰ゲームじみたセリフを言わせられなきゃならない!?

 断固、拒否する!


「なるほど、つまりイロハちゃんは答えられない・・・・・・ということだ姉ぇ~?」


「えっ、やっ……そうだけど、ちがっ!? そういう意味じゃ!?」


「というわけでイリェーナちゃん、おめでと~! 景品として、イロハちゃんになんでも好きなセリフを言わせられる権利をプレゼントだよ~!」


「キャアアア~! ヤッターーーー!」


「ちょっ、待っ!?」


「では、希望のシチュエーションをどうぞ~!」


「ずっとイロハサマには言って欲しいことがあったんデス。ワタシがデビューした理由の半分はソレといっても過言ではナイ。具体的にはイロハサマには……”ASMR”でささやいて欲しいデス!」


「……なっ、なぁ~!?」


 や、やってしまった。

 プライドがジャマしてしまったが……もしかしなくても、これ正解したほうがずっと安く済んだんじゃ!?

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