第432話『中学卒業式』
「マイ、イリェーナちゃん。いらっしゃい」
「イロハちゃんぅ~~~~っ! 会いたかったよぉ~~~~っ!」
「イロハサマ、イロハサマ、イロハサマ~! 空港までお出迎えできず申し訳ありませんデシタ~っ!」
「ちょっ!? ふたりとも!? そんなに抱きしめられると苦しっ……!?」
玄関のチャイムを聞いて扉を開けた途端、ふたりが俺に抱き着いてきた。
俺は引きはがそうとして……でもやっぱりやめた。
べ、べつに抱きしめられるのがちょっとうれしかったとか、そんなんじゃないぞ!?
どうせ力じゃ敵わないから、ムダなことはやらなかっただけで!?
「はーい、いらっしゃいふたりともー。もうすぐお料理できるから、手を洗ってきてねー。今日はこの子もお手伝いしてくれてねー。ふたりが来てくれるからって張りきったのかしらねー」
「ちがっ、お母さん!? そんなんじゃないからね!?」
「「いいい、イロハちゃん(サマ)の手料理!?」」
「いや、料理はしてないし!」
「「すぐに手を洗ってきます(キマス)!」」
「あの、だからっ……!?」
皿を並べただけなんだけど、と言う前にふたりはびゅーんっ! と洗面所のほうへと走り去っていった。
……まぁ、いいか。
俺と母親、それからマイとイリェーナの4人……プラス1匹でテーブルを囲む。
あー姉ぇは遅くまで収録があるらしく今日のパーティーには不参加だ。
「それじゃあイロハちゃん、乾杯の音頭をどうぞぉ~っ!」
「えっ? わたし!? えー、ごほん。じゃあ……みんないっぱい心配かけてごめん! それと、ただいま! ――かんぱーーーーいっ!」
「「「かんぱーい!」」」「にゃーご」
コップをぶつけ合ってから、ジュースに口をつける。
テーブルに並んだ料理はパーティーらしく揚げものや、取り寄せしたらしいお寿司など。
「はいっ、イロハちゃんぅ~! あぁ~ん!」
「いや、自分で食べられ……むぐっ!? もぐもぐ……」
「ナァっ!? ま、マイサンだけズルいデス!? いいい、イロハサマ! ワタシも……アーン!」
「待って、まだ口の中に入ってむぐぅっ!? もがもが……!?」
「「ウェヘヘヘ……リスみたいにお口パンパンのイロハちゃん(サマ)もかわいいぃ~!」」
こ、こいつら人を愛玩動物かなにかと勘違いしてるんじゃないか?
あと、母親がものすごーく複雑そうな目で俺を見てきてるから!?
お願いだから、親の前でこういうことは勘弁してくれ!? ほんと!
いたたまれないから!?
俺は必死にお口をもぐもぐヤミーさせてから、ジュースで胃の中へと流し込んだ。
ごくんっ、ぷはーっ!
「わ、わたしのことよりも! ふたりとも今日は例の女子高の受験だったんだよね?」
「「あっ……」」
「あーもう、そんな悲しそうな顔しないでいいから! わたしは受験できなかったこと……まぁ、まったく気にしてないわけじゃないけど、大丈夫だから! それよりも手ごたえはどうだった? 受かりそう?」
受験直前の大切な時期にアメリカで過ごすことになって、影響が出ていないか心配だったのだ。
しかし、マイとイリェーナが顔を見合わせて……。
「フっフっフぅ~! イロハちゃんぅ~! いつまでもマイをあのころのままだと思わないでほしいなぁ~!」
「イロハさま、じつはワタシもマイさんも英語科を受験したんデス」
「そういえば、そんなのもあったかも」
たしか英語の配点が何倍かされるんだっけ。
イリェーナは英語を勉強するみたいな配信もしていたから、大丈夫だろうけどマイは……。
「マイもアメリカで生活している間に、かなり英語力が伸びたんだよぉ~!」
「……! なるほど」
まさか、あのマイがなぁ……。
小学生のころ「あれがわからない」「これがわからない」と俺に聞いてばっかりだったのが懐かしい。
子どもの成長というのは本当に早いもんだ。
「じゃあ、ふたりとも受験も終わって、あとは座して待つだけか~。ひとまずはこれでゆっくりできるんだね」
「「えっ」」
「……『えっ』?」
「あぁ~いやぁ~っ!? そのぉ~、イロハちゃん……ええっとぉ~!?」
「いいい、イロハサマ! ワタシたちまだその……ソウ! 滑り止めとかもあるノデ!」
「そそそ、そぉ~! それぇ~っ!」
「あっ、そっか」
うっかりしていた。
受験ってひとつ受けたら終わりってわけじゃないもんな。
「じゃあ、残念だけど仕方ないか……ふたりと一緒に行きたいところがあったんだけどなぁ……、うん……」
「うぐぅ~っ!? やっぱりマイ、イロハちゃんと遊ぶぅ~!」
「なにを言っているのですかマイサン!? ダメに決まってるデショウ!? 目標を思い出してくだサイ!」
「う、うぅ~!? で、でもぉ~イロハちゃんが寂しがっているのになにもしないなんてぇ~!?」
「ううん、ムリしなくていいよ。じゃあ、本当に残念だけど――購入したVTuberグッズは郵送してもらお」
「「ん???」」
「どうしたのふたりとも?」
「あのぉ~、イロハちゃん? ちなみに一緒に行きたいところってぇ~?」
「あぁ、アメリカにいたりアマゾンにいたりで買えなかったVTuberグッズがたくさんあるでしょ? だから、それを買いあさりにいこうと思って」
……え? 急いで事業を立ち上げなくちゃいけなかったんじゃ、って?
バカやろうお前ぇ! もちろん、それも大事だけど……グッズだって同じくらい大事だるろぉん!?
今、手に入れないと一生手に入らない可能性も高いんだぞ!?
そういう意味では――『今しかない』という意味では、未来の推しを救うことと同義とさえ言える!
「それで、郵送してもいいけどできれば帰ってすぐに楽しみたいでしょ?」
「えぇ~っと? それってつまりぃ~、荷物持ちがほしかったってことぉ~?」
「ちがうよ? ――”幸せの重み”を共有してあげるんだよ?」
「それを荷物持ちって言うんだよぉ~!? イロハちゃんのあほぉ~っ!?」
「えぇっ!? な、なんで怒ってるの!?」
「イロハサマが悪いデス」「あんたが悪い」
ば、バカな……俺だって筋力さえあれば両手いっぱいに紙袋を握りしめながら帰りたいというのに。
これは人類共通の価値観――『幸福』のはずでは!?
「はぁ~、その話はともかくぅ~。そういえばイロハちゃんってこれで帰国子女になるんだっけぇ~?」
「いやいや、ならないって。わたし半年しか留学してなかったし」
最低でも1年以上、海外で過ごさなくては帰国子女枠での入試は受けられない。
帰国子女なら、大雑把に言うと受験に合格しやすかったりするのだが……。
「そっかぁ~。あっでも、どのみちイロハちゃんはあんまし関係ないかもぉ~?」
ま、そのとおりだな――
それからも俺たちは、バカ騒ぎして……パーティーは終わり――。
* * *
……そして、日々が過ぎていった。
俺はグッズを買い漁ったり、配信を見たり、事業の手続きや人集めを進めたり……。
あとは帰国配信をしたり。
そうこうしているうちに――いよいよ、中学校の”卒業式”当日が訪れていた。
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