第431話『年収10億円』
《し、進学しない!? そ、その……理由を聞いてもいいかい!?》
慌てた様子で英語の先生が尋ねてくる。
それに俺は答えた。
《じつは……これからすこし、世界を回ろうと考えていて》
《世界、を?》
《はい》
アマゾンの奥地で見た光景が忘れられないのだ。
スマートフォンの小さな画面に子どもたちが集まって、そこに映るVTuberに目を釘付けにする景色が。
《もうご存じだと思いますが、わたしはVTuber活動をしていて》
《あぁ、それは知っているけれど》
そういえば、こうして一般人を相手に自分の素性を明かすのってはじめてかも。
でも、俺の進路は……先生の立場や実績にも影響しそうだし、ここで黙っているのは仁義にもとると思った。
《今、VTuberというコンテンツは世界に大きく羽ばたこうとしています。そんな中で、言語やインフラといった壁が立ちふさがってデビューや視聴ができない人がたくさんいます》
《……》
《わたしはこれから、そういう人たちを手助けできる組織を立ち上げようと考えています》
言ってしまえば国際規模の事務所を立ち上げるのだ。
まぁ、どちらかというと互助会や協会に近いものになるかもしれないが……そのあたりはまだ、これから。
正直、『言語チート能力』はマイナー言語に対して使ってこそ効果があると思う。
俺はシテンノーたちが”完全な翻訳機”を作るまでの繋ぎになると決めた。
《数年後じゃない、今……手助けを必要としている人たちの力になりたいんです》
このバーチャル世界の時間の流れは現実よりもずっと早い。
あっという間に大勢のVTuberが生まれ、消えていく。
今、動かなければ生まれるはずだった彼ら彼女らが世界から失われるのだ。
未来の推しを――俺は手放したくない!
《……世界、か》
先生はそうつぶやき、嘆息した。
それは呆れというより、感心だった。
《どうやら視野が狭かったのはボクのほうらしい。キミはもう個人の枠ではなく、もっと大きなところで戦っていたんだね》
《いえ、そんな……》
《わかった。学校のほうはボクが説得しよう》
《ありがとうございます!》
礼を述べつつ……じつは先生に話していない「今」どうしても動かなければならない理由がもうひとつある。
それは……。
――このままだと今年の税金で死ぬからっ!!!!
いやマジ、MyTubeの収益を確認しておったまげた。
俺の年収が余裕で億を超えていた。
というか、すでにさらにひと桁上まで見えていて……。
あのほんと、今すぐお金を使いはじめないとヤバいのだっ!
ちなみに上場したあー姉ぇたちの事務所からの発表を見ると、彼女たちの年収はおそらく1億円ほど。
もちろん、人にもよるだろうけど。
そして現在、俺のチャンネル登録者数はその10倍。
しかも、一応だが……個人勢なわけで。
冗談抜きで、学校に通っている場合じゃなくなっていた。
ちなみに年収10億円以上の人間は日本に1000人ほどらしく、俺は日本の上位0.01%に入ってしまうらしい。
「これがお金持ちの感覚? いやもう、わからん……」
収入が一定を超えると、人は社会奉仕をはじめるようになるというが……。
どちらかというと「するしかない」にも近いのだと思う。
だってもう、個人の欲望を満たすためだけで使い切れる金額じゃないから。
スパチャだってどれだけ複垢しても投げきれないし、グッズだって全部買っても余る。
ならばもう、自分ひとりではなく――他人の欲望までまとめて満たすしかない。
それこそが俺の至った結論だった。
《イロハ、キミの考えはわかった。そのうえでキミに紹介したい人がいる》
《紹介したい人?》
《アメリカの大学教授なんだが、キミに会いたいと言っていてね。もともとはキミが向こうの大学を目指すとなったときに、推薦状を書いてもらえないか頼もうと思っていた相手なんだが……》
《えっ、直接ですか!? それに、あの……わたしは》
《いや、わかっている。ただ、進学とはべつに……もしかしたら、キミのやろうとしていること――キミの”夢”を叶えるために、その人の力が役に立つんじゃないかと思って》
先生は「もちろん強制はしない」と選択を俺に委ねた。
正直、まったくピンときていないが、先生には義理もあるし……。
《わかりました》
《よかった! なら今週末――”卒業式”のあと英語準備室まで来てくれ》
そんな約束をして、通話を終える。
俺は深くソファに身体を沈めた。
「そっか……もう卒業式なんだよな」
中学3年間、本当にあっという間だった。
いろいろと感慨深くなって……。
「お母さん、わたしも手伝う」
と、俺は台所で作業をしていた母親に声をかけた。
彼女は目を丸くして俺を見た。
「風邪でもあるの?」
「失敬な!?」
「でも、あんたが家事手伝いなんて珍しいじゃないの。いつもすぐ部屋にこもって、動画見たりしてるのに」
「い、今はそういう気分なの!」
「だいたい、あんたに料理なんてできるの?」
「わたし、これでもアメリカに住んでたときは料理当番だったんだけど」
「あーはいはい。じゃあ、お皿出してねー」
「信じてない!?」
ガビーン! とショックを受けつつも、素直に従う。
すこし身体を動かしていたい気分だった。
今日はこのあと、受験を終えたマイとイリェーナが家に来る予定になっている。
俺の帰国を祝ってパーティーを開いてくれるとのこと。
なんだか今は、早く彼女たちに会いたい。
そう思った――。
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