第252話『学校に出よう!』

 発車したスクールバスの中は、驚くほどに騒がしかった。

 叫ばないと声が通らないくらい、エンジン音が大きいから……だけではない。


《わからないことがあったら、お姉さんが教えてあげるよー?》


《バカ、アンタよりこの子のが頭いいに決まってるでしょ。むしろ、あたしたちが勉強見てもらわないと》


《きゃははっ、間違いないわー!》


《あ、あはは……》


 そうやって俺を中心に会話が繰り広げられるからだ。

 苦笑いを浮かべる俺の座席は、前後左右のすべてを女子に取り囲まれていた。


 アメリカゆえ、マナー違反になるためいきなり年齢を尋ねられたりはしない。

 だが、そのせいで逆に同い年ではなく飛び級してきたのだという誤解が広まってしまっている気が。


《あぁ、なんてこった! どうやらオレは、オレの天使を見つけちまったらしい!》


《天使だ! ボクに天使が舞い降りた!》


《ヘイ、ちょっと頬をつねってくれ! さっき、なぜか天使の幻覚が見え……アイダダダ!?》


《いや、待て! 天使ではなく妖精フェアリーという可能性はないか!?》


 座席の遠くのほうからは、そんな声も聞こえてくる。

 へ~、アメリカでも現実を確かめるときに、ほっぺたつねるんだ……なんて思っている場合じゃない。


 いったいだれがフェアリーだ!?

 好きなアバターになってVR空間を歩き回れる……VRSNS系のメタバースだと、日本人が「フェアリー」と呼ばれることはままある。


 小柄なアバターを好み、数が少なく、プライベートエリアに引きこもり、話しかけるとすぐ逃げるから。

 だが、あいにくここは現実だ。


《いえ、あの、わたし……》


《うんうん!》


《なになに!?》


《……やっぱり、なんでもないです》


 はぁ……。唯一の救いは、座っていれば視線の大半をシャットアウトできることか。

 座席はシートベルトがついていないかわりに、やたらと背が高かった。


 身体が小さい分、余計にそのことを実感する。

 事故が起こったときには、クッション性のあるこれがエアバッグ代わりになるのだろう。


《お洋服も、まるでお人形さんみたいでかわいい~!》


《え、えっと。これは……お姉ちゃんが選んでくれたやつで》


《へー! お姉ちゃんいるんだ!》


《あっ、いや。お姉ちゃんって言っても、近所の友だちの……》


 言いながら俺は自分の服装を見下ろす。

 日本とはちがって私服での通学だ。


 アメリカに合わせてかなりラフな格好にしているが、それでもまだキレイすぎる気がした。

 こっちじゃ自然体なほど”クール”で……スニーカーだって、真っ白なのをわざと汚して使うくらいだ。


 そういえば、あんぐおーぐが言ってたっけ。

 彼女に見送られたときの会話を思い出す――。



《アメリカに来てとくに悲しいことがひとつある。それはイロハの制服姿を見れなくなったことだ!》


《べつにどっちでもよくない?》


《いいわけないだろ!? 日本にいたときは、ちょうどいいタイミングで遊びに行くと必ず見られたのに。なんでアメリカの学校は制服じゃないんだ!? あんなにカワイイのに!》


《ん? ちょっと待って? そういえばおーぐ……あとはマイも、やけにわたしの帰宅より先に遊びに来て、部屋で待機してることが多かったけど。まさか……》


《……い、いやー、今の恰好も悪くないと思うぞ! ただ、シンプルな服装だと余計に子どもっぽく……あっ》


《おい。自分の姿を見てから言え》



 俺はカバンをお腹の前でギュッと抱きしめる。

 べ、べつに質問攻めにあって心細くなっているわけじゃない。


 ただ、そろそろカバンからイヤホン取り出して配信を見たいなーって!

 ちょっと現実逃避したいかなーって!


《へ~! お名前、イロハちゃんって言うんだ~》


《どこから来たのー? アジア系だよねー?》


《えっと、日本から》


《そうなんだ! そういえば、このバスにもうひとり日本人が乗ってたような?》


 え、こんなところで日本人に会うなんて珍しいな。

 そう驚いていると、女子のひとりが声を張ってその人物のことを呼んだ。


《おーい、”シテンノー”! アンタもイロハちゃんにあいさつしなさいよー!》


「フッフッフ。まさか、キミとバスまで一緒だったとはね……イロハ! ここで会ったが100年目!」


 ガバッと座席のひとつから、頭が飛び出してくる。

 おかしなあだ名で呼ばれているその人物の顔を確認して、俺は……。


「えーっと、だれ?」


「えっ」


 本当にだれだ、コイツ?

 え、なんで俺のことを知ってるの? 恐いんだけど。


「いやほら、ボクら同じ中学で……まぁ、同じクラスではないけれど。入学当初は”四天王”なんて言われてたボクから、キミがその座を奪って。ボクはずっと奪還の機会を狙ってて」


「……?」


「いやいや、あのとき・・・・全世界に向けて翻訳するの手伝っただろ!?」


「……あぁ~! あのときの!」


「ほんとキミ、VTuberのこと以外なんにも覚えてないな!? もうちょっとボクにも興味を持ってくれ!? キミに勝つために、ボクは同じ学校に留学を志願して来たんだが!?」


「え、恐い……やっぱりストーカー?」


「ち、ちがう!? ていうか、やっぱりってなんだ!? た、たしかにボクは昔、キミに告白したが」


「……されたっけ? 告白なんて」


「うわぁあああん! ママぁあああ~!」


 シテンノーくん? だっけ?

 あーダメだ。申し訳ないが本当にうろ覚えで、本名も思い出せない。


 だが、気概と根性には心の底から感心した。

 なにせ言語チートを持つ俺に、敗北してもなお挑み続けているらしい。


 もしかすると、将来は本当にすごい言語学者になるかもしれないな。

 俺みたいなズルではなく、努力と実力で。


《ちょっと、さっきからなにを話してるの~?》


《ええっと、じつは……》


《キャー! なにそれ、ロマンス!? ちょっと、シテンノー! アンタ、もっと近くに座りなさいよ!》


 ないない。相手が男で、しかもマザコンじゃなぁ……。

 なによりVTuberと関係ないし。


 それなら、まだしも俺は”彼女たち”のほうが……って、いやいや、なにを考えてるんだ!?

 頭を振って、慌てて思考を打ち切る。


《っと。ほら、イロハちゃん。そろそろ到着だよ!》


 それからも質問攻めが続いたあと、ようやくスクールバスは目的地に到着する。

 いよいよ、ハイスクールの初日がスタートした――!

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