第206話『世界一のマルチリンガル』

《おふたりとも、このあたりで切りあげさせていただいてもよろしいですか? ずいぶんと白熱していらっしゃるところに、水を差すのは恐縮なのですが》


《あ、いえ。こちらこそ時間をオーバーしてしまって申し訳ないです》


 たしか、通話相手であるネイティブスピーカーの人に予定があるんだったか。

 ここらが潮時だ。


 それでもギリギリまで話を引っ張って、アフリカーンス語の精度を高めた。

 終盤はかなり流暢に話せていたのではなかろうか?


 言語チート能力だけではきっと、ここまでいい勝負はできなかった。

 もちろん、これだけ早く習熟できたのは能力の補助が働いていたおかげだろうが。


>>これ、どうなるんだ?

>>最後のほうはそれこそネイティブにも匹敵していた、けど最初から中盤にかけては……(沙)

>>どっちに判断されてもおかしくはない、か(米)


 認定員さんがネイティブスピーカーの人とやり取りをしている。

 俺にできるのはもう、願うことだけだ。


《イロハさん、お待たせいたしました》


 しばらくして、認定員さんから声がかかる。

 ゴクリ、と緊張でのどが鳴った。


《今回の言語は、判定に非常に難しいところがありました》


>>やばい、オレまでドキドキしてきた

>>頼む、合格していてくれ!(米)

>>イロハちゃんならきっと大丈夫だと信じてる!(米)


《通話者はこのように申しておりました。「終盤、イロハのアフリカーンス語はすばらしいものだった。しかし、ほとんどの時間においては、まともにアフリカーンス語を話せてはいなかった」と》


《うっ》


 はぁ~。残念だが、それが事実だし仕方ないな。

 とはいえ、これ以上できることもなかったし。


 でも、これからのことを考えると憂鬱だなぁ。

 なんとか、あー姉ぇを誤魔化せたらいいんだけど……。


《――ただし》


《え?》


 完全に諦めかけた俺を、認定員さんの言葉が引き留める。

 顔を上げると、こちらを見ていた彼女とバチッと目が合った。


《通話者はこのようにも申しておりました。「このギネスは”流暢に何ヶ国語を話せか”を測るものなんだろう? ”流暢に何ヶ国語を話せか”ではなく」と》


《そ、それじゃあ……!?》


《では、判定をお伝えします。「現在の・・・イロハのアフリカーンス語は、ネイティブにだって劣らないだろう。ボクは彼女に”合格おめでとう”という言葉を贈りたい」とのことです!》


《~~~~!》


《おめでとうございます! 58ヶ国語目、合格です!》


>>キターーーー!

>>これで世界記録タイだ!!!!(米)

>>すごい、本当にイロハちゃんはすごい!!(米)


《はぁ~、よかったぁ~》


 俺は深く、安堵の息を吐いた。

 今回、合格できたのはいろんな幸運が重なったおかげだ。


 アフリカーンス語にかつて学習した言語との関わりがなければ厳しかった。

 この言語を知っている視聴者がいなければギブアップしていた。


 遅延ありでコメントを見られるルールでなければ詰んでいた。

 そして、あんぐおーぐが居合わせなければ”気づき”はなかった。


《イロハー! オマエ、やるじゃないか!》


《あはは、ありがとー。おーぐの応援のおかげかもねー》


 もはや自分の作業そっちのけで挑戦を見守ってくれていたあんぐおーぐに、ひらひらと手を振った。

 あっ、「手が止まってる」とマネージャーさんに怒られてる。


《ところで、イロハさん。これで世界記録タイになったわけですが、よければすこしお話を伺っても?》


《えぇ、もちろん》


《この58ヶ国語目。すこし苦戦していたように見えました。やはり、それだけの言語を使い分けるとなると頭を使うものなのでしょうか? 不調がそのまま、口調にも表れていたような印象でしたので》


《え、えーっと。使ったといえば使った、かな?》


 今回の言語習得がこれまでに比べて大変だったのは事実だし、ウソは言ってないぞ!

 あるいは、これがチートに使われるか、それともチートを使うかの差なのかも。


 だが、おかげで類似の言語から単語を推測して、習得することができた。

 それも膨大なインプットなしに、だ。


 こういった応用は、かつての”チートじみた翻訳能力”ではできなかった。

 現在の、言語そのものを理解する”言語チート能力”だからこそ可能だったことだ。


《やはりそうなのですね。すいません、どうやら誤解していたようです。じつは最初、てっきりイロハさんはこの言語をド忘れした言い訳をされているのかと》


《え!? あ、あはは。そんなまさか》


《そうですよね。でなければ――え?》


 そこで認定員さんの顔が固まった。

 どうしたんだろう、と思ったら視線がコメント欄に釘付けになっていた。


>>イロハちゃんってこれまで、アフリカーンス語なんて話したことなくね?(米)

>>↑マジで言ってる?(米)

>>いや、話したことあるから。ちゃんとwiki見てこい


《あっ》


 俺もそれらのコメントに気づいて、顔が引きつった。

 や、ヤバい。この流れは……!?


>>じつはオレも、イロハがアフリカーンス語を使ってるとこなんて見たことない(米)

>>え、みんなも? てっきり私が、イロハちゃんがマルチリンガルすぎて忘れちゃっただけかと

>>やっぱり、これwikiの誤植じゃね?(米)


《い、イロハさん!? これって!?》


 認定員さんがもはや戦慄にも近い表情でこちらを見ていた――。

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