第207話『最後の通話者』


《いや~、え~っと。……あ、あはは》


 認定員さんがこちらをジッと見ていた。

 俺はあいまいに笑って、お茶を濁そうとした。


《笑ってないで、きちんと説明してください》


 あ、ダメだこれ。

 誤魔化されてくれる気配が微塵もない。


《……わかりました》


 俺は観念して、認定員さんに説明することにした。

 できれば穏便に、普通に・・・ギネス世界記録に認定された、という流れにしたかったんだけど。


《じつはコメント欄で書かれてるとおり、わたしはアフリカーンス語を習得していませんでした》


《なっ!?》


>>やっぱりか!

>>オレもそうだと思ってたんだよなー!(米)

>>↑じゃあ、なんですぐに指摘しなかったんだよw(米)


 認定員さんの顔が真っ青に染まっていた。

 そして、すぐさまどこかと連絡を取りはじめる。


《申し訳ありません! もしかしたら、私どもに不備があったのかも! 急いで確認させます!》


《あっ、いや! そうではなくて! 習得した言語の数が増えすぎて、わたし自身が把握しきれなくなっていたのが原因なので!》


>>???

>>なにを言ってるんだこの幼女は?(米)

>>トラブルの原因すら規格外で笑うしかないwww(米)


《そ、そうですか。けれど、イロハさんはネイティブスピーカーのかたに合格をもらっていましたよね? ということはまさか、たった5分……話していた時間を合わせても、15分で言語を習得したということですか!?》


《え~っと……まぁ、そうなります、かね?》


 認定員さんが「現実を受け入れられない」とでもいう風に額を押さえ、天井を見上げる。

 ち、沈黙が痛い! いたたまれないんだが!?


《はぁ~》


 しばらくして、認定員さんは大きく息を吐いた。

 それから、ポツリと呟く。


《まさか、事実とは》


《え?》


《私どももイロハさんのことはもとより存じ上げておりました。あなたはとても有名ですから。さらに今回、審査するにあたって追加で調査も行っております。当然、当時・・の事件についても》


《あっ、そっか》


>>まぁ、短時間で言語習得するのはイロハちゃんのオハコだしな(米)

>>やってるの見たのは、ずいぶんと久々な気がするけど

>>あの事件、以来じゃね?(米)


 言われるまで気づかなかったが、なるほど。

 リアルタイム習得そのものは認定員さんも初見ってわけじゃなかったのか。


 ――その中身・・がまるで別物なのは、ともかく。


《知っていました。……知ってはいましたが、まさかこうして目の前で見ることになるとは》


>>これで認定員さんのお墨つきってわけか(米)

>>正直、オレもまだトリックの可能性を捨てられてなかったんやけど……やっぱマジでできたのか(米)

>>↑一番最初、「韓国語を”今”、習得した」って言ったときは、私もドッキリ疑ったよ


《本当にすさまじいですね。歴史上は、ケネス・”シザー”・ヘイルも、同様のことができたといわれていますが……》


>>だれ?(米)

>>MITの語学教師だった人(米)

>>50ヶ国語以上を話すハイパーポリグロットだったらしい(米)


《なんでも、彼もまたネイティブスピーカーの会話を聞いて、わずか10〜15分後には基本的な会話ができるようになっていたそうです》


《えっ、そうなんですか!?》


 まさか、世の中にこれを自力でなせる天才がいただなんて!?

 てっきり、言語チート能力ありきだと思っていた。


 さすが世界は広いなぁ。

 ん? てことは……あれ?


《もしかして、わたしってべつにオンリーワンでもない?》


《そんなわけないでしょう!? イロハさんの場合、それ以上・・・・ですよ! 彼ですら、たった15分で”流暢に”話せるようになったなんてエピソードは、聞いたことがありません!》


《で、ですよねー》


 思ったことをそのまま口にしたら、認定員さんに叱られてしまった。

 意外と「チートだ」なんて気にする必要もないかと思ったが、さすがにそんなことはないらしい。


《はぁ……。あまり、脱線しすぎてもいけませんね。すでに結構な時間がすぎていますし》


《うわっ、本当ですね!?》


 トラブルもあって、今の言語だけで30分近くかかっていた。

 急いで、残りの2ヶ国語を済ませてしまわないと!


 と本来なら慌てるところだが、あいにくここから先はウイニング・ラン。

 認定員さんが笑みを浮かべ、告げてくる。


《では、ギネス”世界新記録”となる59ヶ国語目へと参りましょう! ……通話が繋がったようです。イロハさん、お願いします!》


 そして、俺は前人未到へと足を踏み入れる。

 聞こえてきた声は……。


《イロハ~! ギネス新記録、おめでと~! オマエなら絶対にできるって思ってたぞ!》


《わー。ありがと、おーぐ。って……おーぐぅ~!?》


 俺はバッと視線を向ける。

 すぐそこでヘッドセットを装着したあんぐおーぐが、こちらへと手を振っていた。


 彼女はニヤニヤと、イタズラに成功した子どものような笑みを浮かべていた――。

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