第436話『親の役目は選択肢を与えること』


「イロハちゃんぅ~! これでマイたち同じ高校に通えるんだよぉ~!」


「イロハサマ……! ワタシも夢が叶いマシタ!」


 マイとイリェーナテーブルを回り込んで抱き着いてきて、うれし泣きをする。

 俺もつられて笑顔になる。


「うん、よかったね! 本当に……、あっ」


 そのとき、俺はあることに気づいた。

 ダラダラと汗を流れてくる。


「は、ハハ……よよよ、よかったね。うん、本当によかった、ヨカッタ」


「……どうかしたのぉ~、イロハちゃんぅ~?」


「イロハサマ、どうしてそんなぎこちない笑みをしているのデスカ?」


 ふたりが首を傾げながら顔を覗き込んでくる。

 俺はスっと視線を泳がせた。


「え、えっと!? いや、そのーなんていうか……いや、なんでもないよ! なんでもないんだけどね!?」


「「……こういうときのイロハちゃん(サマ)絶対なにかある」」


「うぐぅっ!?」


 ジーっとふたりから見つめられ続ける。

 俺はついに観念して「はぁ~」と答えた。


「いやその、じつは……」



「――わたし内部進学、断っちゃったんだよね」



「「は、はいぃ~~~~っ!?」」


「い、いやーふたりとも、本来の目標よりもさらに偏差値の高い学校に合格できてスゴイなー。よかったなー。うんうん、これで将来も安泰! 一件落着……」


「「なわけあるかぁ~~~~!?」」


「デスヨネー!?」


 ふたりに襟首を掴まれ、ガクガクと揺さぶられる。

 ぐ、ぐるじっ……!?


「イロハちゃんぅ~!? VTuberのことは聞いてなくても永遠と語ってくるくせに、なんでそういう大事なことは言わないのぉ~っ!?」


「そういうところですよイロハサマ!? おーぐサンが日本に越してくるトキモ、自分がアメリカに渡ることを伝えてなかったりしたって聞きまシタヨ!?」


「そ、そんなこと言われても。ふたりだってわたしに受験を隠してたんだし、おあいこ――」


「「おあいこなわけないでしょぉーーーーっ!?」」


 許してもらえなかった。

 俺は助けを求めるように母親へと視線を向ける。


「ね、ねぇ。お母さんはこのこと知ってたの? そうなら、なんで言ってくれなかった――」


「イロハちゃんのお母さんは悪くないよぉ~。マイたちも言ってなかったしぃ~。だって、まさかイロハちゃんが進学しないなんて思わなかったんだもんぅ~!」


「うぐぅっ!」


 なんとか誤魔化せないかと思ったが、そう言われるとなにも反論ができない。

 うーん……どうやら今回ばかりは俺が悪いらしい。


「……ご、ごめん」


 観念して、そう謝った。

 マイとイリェーナも諦めた雰囲気を漂わせた、そのとき。


「イロハ、あんた――高校通いたい?」


「えっ!?」


 母親がポツリとつぶやいた。

 全員の視線が彼女へと集中する。


「通える……の?」


「うん、多分ね」


「な、なんで!? わたし断っちゃったのに!?」


「いや、逆になんであんたひとりで進路決められると思ってるのよ。手続きするのは全部、お母さんよ? あんた未成年なんだから決定権なんてあるわけないでしょ」


「そ、それはまぁたしかに」


「そもそも、お母さん……あんたから『進学しない』なんて話聞いたの、今がはじめてだからね?」


「……は、はいぃいいい!? いやいやいや、そんなわけ……あっ」


 言われて思い出す。

 たしか、母親に伝えようとしたタイミングで電話がかかってきて、そのままになっていた。


 彼女の前でその件について先生と電話していたし、言った気になっていた。

 と言い訳したら……。


「それってお母さんが料理してたときのこと? 聞こえるわけないでしょうが」


「うっ!? あれ、でもそのわりには動揺してないような?」


「あんたが断った翌日、校長先生から電話がかかってきたのよ。『娘さんを説得してくれませんか?』って」


「あちゃー」


「『あちゃー』じゃないでしょ? お母さん、ブチぎれてるの。わかる? それともわからない?」


「ヒィっ!? ごごご、ごめんなさいごめんなさいゴメンナサイ……!」


 俺はガクブルと震えながら土下座した。

 身体が勝手に動いた。これまでのお説教が本能に恐怖を刻み込んでいた。


「はぁ~、このバカ娘はいつもいつも、本当に……大事なことをひとりで勝手に決めて」


「うぅっ……」


「で、あんたは進学せずに世界を飛び回りたいんだって?」


「ええーっと」


 そうか、その話もしていなかったか。

 母親としては心配にちがいない。


 これまですでにアメリカ留学させたら強盗に巻き込まれ……。

 飛行機に乗ったらアマゾンで遭難し……。


 むしろ、これで気にせず送り出せるほうがおかしいだろう。

 でも、俺は……。


「校長先生からは『心変わりしたらすぐに連絡をくれ!』って言われてるの。本来の時期はとっくに過ぎているけれど……あの調子だと、頼めば『じつは進学してた』ことになるでしょうね」


「じゃあ、マイたちぃ~……!?」


「一緒に通えるということデスカ!?」


 ふたりが「「やったぁ~~~~っ!」」と飛び跳ねてよろこぶ。

 俺もよろこぼうとして……。



「――あんたはそれでいいの?」



「……え?」


 問いの意味が一瞬、理解できなかった。

 母親は繰り返すように言った。


「イロハ……あんたは――”その選択”で後悔しないのね?」


「……っ!?」


 よろこびで高ぶりかけていた気持ちが、だんだんと落ち着いていく。

 高校へ通うことを選ぶ――逆にいえばそれは、世界のVTuberを支援する事業を後回しにする、ということだ。



 ――時間は有限で、すべきことは無数で、やりたいことは無限だ。



「わたし、は……」


 こぼれた自分の声は、やけにかすれていた――。

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