第435話『世界を変える力』


 自称・アメリカ大学教授と進路について話をした翌日。

 ピンポーンとチャイムが鳴って、俺は彼女たちを出迎えていた。


「マイ、イリェーナちゃん……いらっしゃい。入って」


「おじゃましますぅ~」「おじゃまシマス」


 ふたりともどこか緊張した面持ちだ。

 リビングのテーブルに案内しながら尋ねる。


「ふたりもわたしと一緒で、昨日が卒業式だったんだよね。卒業おめでとー!」


「う、うん……」「は、ハイ……イロハサマも」


 なるべく明るく言ったつもりだったが、ふたりとも上の空だ。

 まぁムリもない。なにせ……。


「やっぱり緊張するよね。今日が――合格発表日なんでしょ?」


 今日、多くの高校がその合否を発表するのだ。

 マイたちが受験した――俺も受験するはずだった女子高もその中のひとつだとか。


「ふたりともまだ結果を見てないって言ってたけど」


「マイサンとふたりで決めていたんデス。イロハサマと一緒に確認しようッテ」


「……そっかー」


 もし俺の身になにも起こっていなければ……本来なら、きっとそうしていただろうから。

 だから……。


「デモ、もしイロハサマが、ソノ」


「ううん、イヤじゃないよ。わたしも立ち会わせてほしい」


 こちらを気遣うように言ったイリェーナに笑みを返す。

 彼女は「ホっ」と息を吐き、すこしだけ緊張がやわらいだ様子だった。


「それより時間、そろそろじゃないの?」


「そ、そうデスネ」


 ダイニングのイスにマイとイリェーナが並んで腰かける。

 俺はその正面に腰を下ろした。


 ふたりは自分のスマートフォンをギュッと握りしめ、画面に視線を向けたまま固まる。

 その間に母親がお茶を入れたコップを俺たちに配ってくれていた。


「「「……」」」


 カチ、コチと時計の針が進む音が響く。

 そして……。


 ――ピピピピピ!


 マイのスマートフォンがアラーム音を鳴らした。

 みんなの肩がビクリと跳ねる。


 ふたりは深呼吸をひとつ。

 そして、チラリと俺を見ると意を決した様子で画面をタップして……。


「……ふたりともどうだった?」


「イロハちゃん……」「イロハサマ……」


 まるでスローモーションのようにふたりの表情が崩れていく。

 ボロボロと涙が零れだして……。



「やったぁ~~~~! やった、やったよぉ~イロハちゃんぅ~! ”合格”だってぇ~!」


「ワタシも大丈夫デシタ! よかっタ、本当ニ……よかったデス!」



「~~~~! そっか……そっか! ふたりともおめでとう!」


 俺も「はぁ~~~~」と息を吐いてテーブルに突っ伏した。

 そんな俺の様子を見て、ふたりがクスリと笑う。


「イロハちゃんも心配してくれてたんだぁ~」


「ちがっ!? そ、そんなんじゃ!?」


 これは……そう!

 もしこれで受験失敗なんてしたら、俺が遭難して気苦労をかけたせいだとか、アメリカまで来させたことで勉強に支障が出たんじゃとか……そういう気持ちになりそうだったからで!?


「フフっ……イロハサマ、素直じゃありまセンネ」


「~~~~っ! こ、このっ……ふんっ」


 俺はムスッとして、恥ずかしさを誤魔化すように頬杖をついてそっぽを向いた。

 ただ、俺は知っているだけだ。


 1度きりの挑戦。

 やり直しは利かなくて、どれだけ努力しても叶わないことがある。それが現実。


 俺も――推しのライブの現地チケット落選とかで何度経験したことか!


 あの悲しさは筆舌に尽くしがたい。

 そんな気持ちにふたりがならなくてよかったなって、ただそれだけだ。


「ともかく、これでふたりともあの女子高に――」


「……ふっふっふぅ~」「……フフフ!」


「え、なに。どうしたのふたりとも? そんなにニヤニヤして」


 ふたりの反応になんか気持ち悪さを感じ、イスを引いて距離を取る。

 なんだいったい、この笑みは。


「イロハちゃんぅ~、じつはちがうのぉ~」


「イロハサマ、じつはワタシたち……すでにあの女子高には合格しているんデス。発表がもうちょっと早い時間だったので、ここに来る前にマイサンとふたりで先に確認してイテ」


「へっ!? じゃあ、さっき合格発表を確認してたのって……」



「イロハサマが現在通ってイル――中高一貫校デス」



「え……えぇえええーっ!?」


 まさか俺と同じ学校に通うために!?

 それは……並大抵の努力ではなかったはずだ。


「うちの編入試験ってかなり難しかったんじゃ」


「ハイ。普通ならムリだったかもしれマセン。デスガ、言ったとおり……英語メインで受験をしたノデ」


 そういえば、そんなことを言っていたな。

 けど、そうか……彼女たちは女子高を受けたあとも忙しそうにしていたが、それは滑り止めを受けるためではなく、むしろ逆。本命受験のためだったのか。


 しかし、それでも信じられない快挙だ。

 イリェーナはもともと、短期間で難解な日本語を習得できるくらいに地頭がよかったし、語学堪能だった。


 でも、まさかマイがうちの学校に合格するなんて。

 小学校のころは毎日のように俺に授業がわからず泣きついていたのに。


「……だからコソ、デス」


「えっ?」


「イロハサマ、アメリカにいるときもオンラインでマイサンの家庭教師をしてあげてたじゃないデスカ」


「う、うん……それはそうだけど」


「語学においてイロハサマの右に出る者などこの世のどこにもいまセン。ソシテ、そんなイロハサマにずっと鍛えてもらっていたマイサンの実力が伸びないわけないじゃないデスカ」


「……!」


「もちロン、マイサン自身が並々ならぬ努力をした結果でもありマスガ」


「イロハちゃんぅ~、マイね……いっぱいがんばったんだよぉ~! 遭難したイロハちゃんがなかなか発見されなくて、受験間に合わないと思って……それでも同じ学校に通えるようにってぇ~! うえええぇ~んっ!」


「マイ……」


 教師や親は進路を決める際に「他人を判断材料にするな」と言う。

 友だちと同じ学校だからとか、好きな人がその学校を受けるからとか、憧れの人がいるからだとか。


 でも俺は必ずしもそれは正しいとは思わない。

 『愛』というモチベーションは人に限界以上の力をもたらすことがあるから。



 それこそ――世界だって救えてしまうくらいに。



 俺はそれをだれよりも知っている。

 それにもう俺たちは”他人”でもないし……ねっ。

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